東京大は25年3月、新課程入試全面実施の28年度から、一般入試の「後期試験」に替えてセンター試験を課す推薦入試を導入することを発表した。
東京大が自校の学力試験を課さない入試を実施するのは、旧制大学時代における定員を満たさない学部への旧制高校卒業者の学力試験なしの入学(「優先順位制」入試)や、戦時中の一時期実施された「調査書」による選抜を除き、創立以来、初めてである。
ここでは、東京大「推薦入試」の基本的枠組み・実施のイメージ・導入の背景、推薦入試の実施ルール及び大学入試・推薦入試の変遷、新たな選抜方法への期待などをまとめた。
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東京大は23年夏、本部組織に入試企画室を設け、従来の選抜方法を根本的に見直す検討に入った。そこでは、濱田純一総長の下で策定された『東京大学の行動シナリオ FOREST 2015』(以下、『行動シナリオ』:22年3月)を踏まえ、“タフな東大生”育成の一環として、多様で優秀な学生受入れを目指す入試改革を検討してきた。
今回の入試改革では、選抜方法の多様化とともに評価尺度を多元化し、高校等での学習成果を適切に評価する観点から、基本となる「前期試験」を維持しつつ、「後期試験」の後継として推薦入試の導入に踏み切った。
東京大から発表された推薦入試の基本的枠組みは、次のとおりである。なお、詳細な出願要件や選抜方法等については、25年度中に決定次第、公表するとしている。
文科省は入学者選抜に関する指導助言の一環として、国公私立大における入学者選抜の実施に当たっての『大学入学者選抜実施要項』
(以下、『選抜実施要項』)を年度ごとに策定して各国公私立大等へ通知している。この『選抜実施要項』には、入学者選抜の基本方針のほか、一般入試、推薦入試、AO入試などの入試方法、試験期日、調査書の記載内容や活用、学力検査などのガイドラインが記されている。
他方、国立大学協会(以下、国大協)と公立大学協会(以下、公大協)でも文科省の『選抜実施要項』等を踏まえ、国立大、公立大それぞれの入学者選抜についての詳細な『実施要領』と『実施細目』を年度ごとに策定し、各国立大及び公立大に通知している。
文科省の『選抜実施要項』は、国公私立大における推薦入試の「願書受付」を原則として入学前年の“11月1日”以降とし、その「判定結果」を一般入試の試験期日の“10日前まで”に発表することとしている。
国公立大の推薦入試の具体的な出願期間 (11月1日以降)や面接等の日程は実施大学・学部によって異なるが、「結果発表」や「入学手続き」の日程は国大協と公大協の『実施要領』等で次のように定められている。
まず、センター試験を課さない推薦入試(以下、「セ試免推薦」)の「結果発表」は1月下旬(25年度の場合、1月25日まで)で、次にセンター試験を課す推薦入試(以下、「セ試課す推薦」)の「結果発表」は2月中旬(同、2月13日まで)に行われ、合格者の「入学手続き」は「セ試免・セ試課す推薦」とも「セ試課す推薦」の「結果発表」の数日後(同、2月19日まで)となっている。
文科省の『選抜実施要項』では、大学の推薦入試の募集人員は、附属高校からの推薦も含め、学部等の募集単位ごとに入学定員の「“5割”を超えない範囲」と定められている。
ただ、国大協では、国立大について「“AO入試+推薦入試”の募集人員が“5割”を超えない範囲」としている。
なお、公大協では、公立大の推薦入試の募集人員について「“5割”を超えないことを目安」とし、AO入試の募集人員についての特段の規定は設けていない。
国公立大の推薦入試への出願は、「セ試課す推薦」及び「セ試免推薦」を含めて、原則として1つの大学・学部に限定されている。
ただし、1つの大学・学部の同一の推薦入試募集単位(学科・課程・専攻等)において、「セ試免推薦」の合格発表後に、更に「セ試課す推薦」を実施する場合、「セ試免推薦」の不合格者は「セ試課す推薦」を受験することができる。
なお、東京大の推薦入試は全て「セ試課す推薦」であるため、このケースには当たらない。
東京大では毎年度、上述した文科省の『選抜実施要項』や国大協の『実施要領』等に則って入試を実施している。
まず、東京大の現行入試(25年度:一般入試)の募集人員は、「前期試験」2,963人(文科1類=401人、文科2類=353人、文科3類=469人/理科1類=1,108人、理科2類=532人、理科3類=100人)、及び「後期試験」100人(理科3類を除く、各科類一括募集)の合計3,063人となっている。
28年度新規導入の推薦入試の募集人員は、現行の後期募集の100人程度が充てられるが、“理科3類”(医学部進学)も含めた各科類ごとの設定が予定されている。
現行の後期募集の各科類からの拠出人員はほぼ“「文科類」4対「理科類」6”とみられることから、推薦入試における各科類ごとの募集人員の設定も、理科3類を含めて「理科類」のほうが「文科類」より多くなりそうだ。
また、高校の学習教科と学部の教育内容との結び付きが比較的強い、例えば「理科」や「数学」と理学部の物理学、化学、生物学、数学などとの関係から理科1類、「地理歴史」と文学部の歴史学との関係から文科3類などの定員が他の科類に比べて多くなることも予測される。
東京大の説明によると、推薦入試の「面接等」は12月頃に予定されており、推薦入試の実施日程は、前述の国大協の「セ試課す推薦」の日程に沿って、およそ次のような流れが想定される。(図1参照)
①「センター試験」出願=10月初旬 → ②「推薦入試」出願=11月1日以降 → ③「面接等」=12月 → ④「センター試験」受験=1月半ば → ⑤「合否結果」発表=2月中旬 → ⑥合格者「入学手続き」=2月中旬以降(「合否結果」発表の数日後)
なお、推薦入試“不合格”に備え、一般入試を併願する場合は前記④(「センター試験」受験)の後(前記⑤の前)、1月下旬~2月初旬に“2次出願”を行う(後述)。(図1参照)
● 「出願書類」としては「調査書」のほか、推薦の根拠となる各種の“エビデンス”(証明書、認定書など)を伴う学校長からの「推薦書」、及び「課題論文」などが想定される。
● 志願者が多い場合、「出願書類」によって実施される第1段階選抜の志願倍率は、現行の「後期試験」で行われている約5.0倍より低くなるとみられる。
● センター試験の活用は素点ではなく、“評価尺度の基準”(目安)としての利用がイメージされる。その際のセンター試験成績の目安は、現行「後期試験」の第1段階選抜の及第点である得点率9割程度より低くなるとみられる。
● 「面接等」には、各科類に関係する学部の専門教員による“時間をかけた丁寧な面接”(口頭試問的) などが考えられる。
例えば、学部の専門教員の「講義」を受け、それについての論理的な説明や意見を述べたり、聴講後に提出した書面を基に専門教員と質疑応答したりすることなどが想定される。
国公立大「推薦入試」合格者については、入学手続き後、他に出願済みの国公立大・学部を受験しても当該大学・学部の合格者とはなり得ないとされている。
他方、センター試験を受験後、2月中旬の「セ試課す推薦」の合否結果を待たず、事前に東京大の「前期試験」や他の国公立大「後期試験」に“2次出願”(25年度の場合、1月28日~2月6日)をしておけば(推薦入試と一般入試の“併願”)、推薦入試で不合格になった場合、これらの一般入試を受験することができる。
(図1参照)
国公立大の個別試験は、公立大の中期及び別日程を除き、同一募集単位の入学定員を前期と後期とに振り分ける「分割」と、「前期試験」の合格者が入学手続きを完了してから「後期試験」を行うという、前・後期試験の「分離」とを組み合わせた「分離分割方式」によって実施されている。
国大協・公大協の『実施要領』では、「分離分割方式」において、「前期試験」に合格して入学手続きを完了した者は、「後期試験」(公立大中期も含む)に出願、受験しても合格者にしないとされている。
ところで、東京大が28年度からの「後期試験」を推薦入試に替えても、「後期募集人員」を“ゼロ”とする「分離分割方式」に従って個別試験の「前期試験」を実施するものとみなされる。したがって、東京大の「前期試験」合格者が所定の期日(25年度の場合、入学手続き締切日:3月15日)までに入学手続きを完了した場合、他の国公立大「後期試験」等を受験しても合格者とはならない。
東京大が推薦入試を導入した背景には、先述したように、濱田総長の下で策定された『行動シナリオ』の取組がある。『行動シナリオ』では、23年度以降の主な取組事項例の一つとして、「タフな東大生の育成」を掲げ、「レイト・スペシャリゼーションの実質化と教育システムの改善」「多様な学生の受入れと交流の促進」「卓越した学生を鍛えるシステムの構築」などを挙げている。
そして、「多様な学生の受入れ」については、国内外の高校生等に対する積極的広報、特に女性志願者増に向けた取組の強化とともに、“高校段階の学習の多様な評価の在り方”の研究なども含め、「入学者受入れの方針の明確化と入試改善の検討」を挙げていた。
東京大の上記のような入試改革への取組は、同大の『入学者募集要項』(以下、『募集要項』)においてこれまでにも既に反映されている。
例えば、25年度『募集要項』では“期待する学生像”として、「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人」を歓迎すると、東京大の“アドミッション・ポリシー”を掲げている。
さらに、『募集要項』では、高校段階までの学習で身につけてほしいことを、国語/地理歴史・公民/数学/理科/外国語の各教科別に、その具体的な習得内容等を明示している。
このようなアドミッション・ポリシーを入学者選抜でよりよく具現化するために、今回の「推薦入試」導入があるとみる。
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昭和10(1935)年代の大学への主な進学コースは、尋常小学校(昭和16<1941>年からは国民学校<初等科6年、高等科2年>に改編)卒業後、旧制中学 → 旧制高校(高等科。以下、同) → 大学/旧制中学 → 大学予科 → 大学/旧制中学 → 大学専門部(→学部)などであった。
この時代の大学への入学資格は、「旧制高校高等科卒業者及びこれと同等以上の学力のある者(旧制専門学校卒業者等)、大学予科修了者」となっていた。大学入学者選抜(入試)については、入学志願者数が当該大学(学部・学科等)の定員を超過した場合に、各大学(学部)の規定(入試科目等)によって実施されていた。
東京帝大の試験科目は各学部規定によるが、文系=外国語、国語、漢文、歴史などから、理系=外国語、数学、物理、化学、生物学、力学、植物、動物などから、出題されていた。
① 「優先順位制」 の入試方法
旧制時代の大学入試方法としては、志願者の出身学校によって入学に関する“順位”を付与する「優先順位制」が採用されていた。
これは、予科を置く大学では予科修了者に、予科を置かない大学の文系学部では旧制高校「文科」卒業者に、理工医学系学部では旧制高校「理科」卒業者に、それぞれ入学に係る“優先順位第1位”を付与していた。優先順位第1位の志願者数が当該大学(学部)の定員を超えた場合、その「第1位志願者」のみについて入試が実施された。
他方、第1位志願者数が定員を満たさなかった場合は、第1位志願者全員が“無試験合格”となり、欠員補充は「優先順位第2位以下」の志願者に振り向けられた。
例えば、東京帝大や京都帝大の場合、文学部では学科によって第1位志願者数が定員を満たさない年度もあり、“無試験入学者”もいた。他の帝大でも理系や医学、法学等は第1位志願者数が多く厳しかったが、無試験同様の学部(学科)もみられた。
② 戦時下の入試
昭和16(1941)年12月の太平洋戦争勃発以降、大学の在学・修業年限の短縮措置や入試の簡素化など、戦時体制下での非常時教育の施策が次々と打ち出されていった。
終戦直前の昭和19年度には、戦時の勤労動員等を考慮して「学科試験」を課さず、「調査書」等によって入学を決めていた。
東京帝大でも例外ではなく、「調査書」等による“無試験入学”が行われていた。
終戦(昭和20<1945>年8月)後、新制大学(以下、大学)の入試は、昭和24(1949)年度から本格的に実施されることになるが、昭和24年度入試の実施方法等について、当時の文部省は『昭和24年度新制大学(並びに専門学校等)入学選抜方法の解説』で、次のような基本方針を大学側に求めている。
そして、入学者の判定は、「進学適性検査・学力検査・身体検査、及び調査書の成績」を総合して行うものとしている。
前記の選抜方法の背景には、当時の占領政策に当たっていた連合国軍最高司令部(GHQ)の教育・文化担当部局のCIE(民間情報教育局)が、前述した19年度の「調査書」よる選抜に対して、「進学適性検査」の成績(受検者の“将来”傾向)/「調査書」の成績(受験生の“過去”の成績)/「学力検査」の成績(受験生の“現在”の学力)の“3つの要素”を等しく総合的に扱うよう(「総合判定主義」)勧告したことがあるといわれる。
因みに、中教審の『大学入学者選考およびこれに関連する事項についての答申』(昭和29<1954>年11月)では、「大学入学者の選抜にあたっては、学力検査の成績のみによることなく、高等学校における累加記録を尊重するとともに、本人の資質を考査し、その成績をも加味すること」と、“「学力検査」への偏りを牽制”する提言を既に出している。
こうした「総合判定主義」の入学者選抜の在り方は途中、「進学適性検査」(昭和24年度~昭和29年度。30年度から一斉実施廃止)や「能研テスト」(昭和38年~43年)の実施と廃止があったものの、これらのテストを継承する共通テストも含めた入試の在り方は昭和46(1971)年6月の中教審答申『今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について』(『四六答申』)における大学入試の改善提言(共通テストの開発 → 「共通1次試験」の実施など)に引き継がれていき、今日みる入学者選抜の“原点”にもなっているといえる。
文科省は前述したように、大学入学者選抜の実施に当たっての『選抜実施要項』を年度ごとに策定し、各国公私立大等へ通知している。
『選抜実施要項』には、これまでの中教審や旧大学審答申、大学・教育関係団体等の報告・要請など、入試改善に向けた提言等を踏まえ、「能力・適性」「公正・妥当」「高校教育の尊重」「入試方法の多様化と評価尺度の多元化」「アドミッション・ポリシーの明示」などが“基本方針”として掲げられている。
因みに、25年度『選抜実施要項』の基本方針は、次のとおりである。
新制大学において、推薦入試がいつ頃から導入、実施されていたのか。その開始時期は手許の資料では定かでないが、私立大では創設早期から導入されていたとみられる。
昭和30(1955)年代初めの大学入試では、かなりの私立大がすでに実施していた。
昭和30(1955)年代~昭和40年代にかけての高度経済成長を背景に、急増する大学進学志望者の受け皿として私立大を中心に大学は急激に拡大していった。
その結果、大学進学率は昭和44年の15.4%以降(昭和39年に一時的に15.5%)、それまでの高等教育の発達段階における“エリート型”(進学率15%まで)から“マス型”(同15%~50%)に移り(大学・短大では昭和38年に15.4%)、更に、昭和47(1972)年に20%台、平成6(1994)年に30%台、14年に40%台と上昇を続けて、21年には50.2%で最終段階の“ユニバーサル・アクセス型”(進学率50%以上)に達した(大学・短大では17年に51.5%)。
こうした進学率の上昇とともに、中教審の第2次答申『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について』(9年6月)における「学力試験偏重の入学者選抜を改め、能力・適性や意欲・関心などを多角的に評価するために選抜方法の多様化、評価尺度の多元化への転換」提言を追い風に、特に私立大を中心に推薦入試は急激に増大していった。
ただ、私立大「推薦入試」急増の背景には、“早期の学生確保”のほか、「推薦入試」枠を増やして「一般入試」枠を縮小(学力選抜の狭き門)することで、一般入試の“合格難易度を高める”狙いもあったようだ。
推薦入試による最近の入学者状況をみると、私立大ではやや減少傾向にあるものの24年度で40.3%、国立大はほぼ横ばいの12.4%、公立大はやや増加傾向の24.0%である。
私立大では、「AO入試」入学者割合10.2%(24年度)と合わせると、新入生の“2人に1人”は「推薦・AO入試」による入学者である。(図2・図3参照)
因みに、25年度国立大入試の募集人員の選抜区分状況をみると、「前期試験」が6.5万人(全募集人員9.6万人に占める割合67.4%)、「後期試験」が1.6万人(同16.6%)、「推薦入試」が1.2万人(同12.5%)、「AO入試・その他」が0.3万人(同3.5%)となっている。
中教審では大学入学者選抜の改善策のひとつとして、「点数絶対主義」にとらわれない選抜方法の多様化や評価尺度の多元化などをこれまで提言しているが、その一方で推薦入試制度の改善も提言している。
中教審答申『新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について』(平成3年4月)では、「推薦入学制度は偏差値重視や点数絶対主義を改めていく上で、また、高校生活をその目的に沿って有意義に過ごさせる上で有効な一制度である」としつつ、「一部の私立大での制度の不適切な運用によって本来の趣旨から大きくそれる弊害が目立ってきている」と、当時、私立大を中心に急激に拡大していった推薦入試制度の弊害を指摘している。
そして、弊害の第一として「定員の大部分を推薦で入学させる“定員確保”のための利用」、弊害の第二として「実施時期の早期化」などを挙げ、その改善を求めた。
また、中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』(20年12月)では、推薦入試やAO入試について、「外形的・客観的な基準が乏しく、事実上の“学力不問”となるなど、本来の趣旨と異なった運用がされているのではないかとの懸念も示されている」と指摘し、推薦入試やAO入試の改善策を大学と国に対して求めた。
文科省では、推薦入試に係る中教審の改善提言等を踏まえ、様々な改善施策を講じてきた。
まず、推薦入試の「出願開始時期」と「募集人員割合」については、『選抜実施要項』において、7年度以降、前述したような規定が設けられた。ただし、「募集人員割合」については、7年度~11年度は「“大学3割、短大5割”を超えないことを目安」としていた。現行規定(大学“5割”、短大“規定なし”)は、12年度からである。
次に、「推薦入試」と「学力試験」等との関係については、『選抜実施要項』等において以下のように段階的な“学力検査導入への布石”が伺える。
◆ 推薦入試の学力担保
文科省は、中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』で提言された推薦・AO入試の基礎学力の把握措置を踏まえ、推薦入試について「推薦書」「調査書」だけでは志願者の能力・適性等の判定が困難な場合、次のア~ウの措置の少なくとも1つを講じることが望ましいとしている(23年度から『選抜実施要項』に記載)。
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ここまで、東京大で新規導入する推薦入試の基本的枠組みと、それに係る入試実施上の規定、大学入試・推薦入試の変遷、改善取組などをみてきた。
ここからは、東京大の現行入試制度とその実態、入試改善に向けたこれまでの検討の経緯、今回の「推薦入試」導入への期待などを探ってみる。
東京大の入試では学部(学科等)を特定せず、文科類(1類・2類・3類)と理科類(1類・2類・3類)といった“横割型”の大括り募集に近い「文・理科類別」募集(20年度から「後期試験」は理科3類を除く文・理融合型の一括募集)を基本としている。
こうした横割型の募集枠で入学した後、前半の2年間は全科類とも「教養学部」に所属して横割型の「リベラル・アーツ」教育(教養教育:前期課程)を受ける。そこで、柔軟で創造的な学問への志向と態度を養い、自身の適性を見極め、「進学振分け」制度によって専門分野(後期課程:学部・学科等)へ進む。東京大では、こうした教育システムを「レイト・スペシャリゼーション」(遅い専門化)と呼んでいる。
この入試の基本的枠組みは、東京大の教育理念・目標と不可分の関係にあり、それを担保する形で入試は実施されてきた。
東京大の入試は例えば、入試科目(センター試験及び個別試験)の編成をみても、入学後(3年次)に進学する各学部(学科等)の理念・特徴等を考慮した科目を課しつつ、基本的には文系・理系における共通性を重視した“オールラウンドな横割型”となっている。
そして、一貫して「学力試験」重視の一般入試のみで行われてきた。(図4参照)
東京大の「一般入試」募集人員の約97%を占める25年度「前期試験」の入試科目・配点等は、次のようになっている。
東京大の「前期試験」では、まず各科類の志願倍率が科類ごとに定められた予告倍率を超えた場合、センター試験の成績によって第1段階選抜が実施される。
25年度の第1段階選抜は、文科1類の志願倍率(2.92倍)が予告倍率に達しなかったため、同科類では12年度入試以来13年ぶりに実施されなかったが、他の科類は行われた。
「第1段階選抜」合格者のセンター試験(900点満点)の平均得点率は、理科3類の88.2%を最高に、各科類とも85%程度となっている。
次に、最終結果である「学力試験」、つまり「前期試験」(センター試験+個別試験)合格者の成績(最高点、最低点、平均点)をみると、“小数第4位”まで算出されている。
これはセンター試験の成績(900点満点)を110点満点に圧縮(110÷900=0.12222......<循環小数>)し、その成績と個別試験の成績(440点満点)を合計した550点満点で得点を表示(循環小数の小数第5位を四捨五入し、小数第4位まで算出)しているためである。
「前期試験」における各科類の合格者の平均得点率は、理科3類の72.0%を最高に、理科2類の59.6%を除き、他の各科類はいずれも60%台である。
また、各科類の合格者の最高点と最低点との点差は、理科1類が144.2000点差で最大、文科2類が77.1111点差で最小となっており、理科1類は文科2類のほぼ2倍近い開きである。これは文系科目と理系科目の出題等の特性によろう。
ところで、合格者の成績で注目されるのは、「前期試験」では受験者の成績がセンター試験の圧縮配点によって小数第4位まで算出されている点である。これはセンター試験の得点上位層の団子状態を伺わせるもので、合否は“1点単位”でなく、“小数点単位”で決まることもあるようだ。東京大の「前期試験」は、点差があまりないセンター試験高得点者層の小数点差で合否が決まるような、きわめて熾烈な競争であるといえる。(表1参照)
東京大では一般入試の約3%に当たる「後期試験」の募集枠を、理科3類を除く一括募集とし、“文理融合”型の入試を行っている。合格者は、入学手続きの際に進学科類(理科3類を除く)を登録して各科類に進む。
選抜方法は、センター試験(国語/地理歴史・公民から1科目/数学2科目/理科1科目/外国語:5教科6科目、800点満点)、個別試験(総合科目Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ:300点満点)、及び調査書による。
志願倍率が約5.0倍に達した場合、センター試験の成績による第1段階選抜が実施される。
また、東京大の「前・後期」併願の場合、「前期試験」合格者は入学手続きの完了如何にかかわらず、第1段階選抜で不合格者として扱われる。
「学力試験」の合否判定は原則として、個別試験の成績によって行われる。
25年度は、志願者数2,908人のうち、東京大「前期試験」合格者1,545人を除いた1,363人(志願倍率13.6倍)に対して第1段階選抜が実施され、無資格者を含む862人が不合格となり、501人が合格。
「第1段階選抜」合格者501人のセンター試験成績は、最高776点(得点率97.0%)、最低707点(同、88.4%)で、平均点は723.34点(同、90.4%)と、非常に高い水準である。
また、最終的な「学力試験」合格者100人の成績は、最高174点(得点率58.0%)、最低132点(同、44.0%)で、平均点は144.01点(同、48.0%)となっている。
「前期試験」の“教科・科目別問題”に比べ、「後期試験」における文理融合型の“総合問題”の難しさが伺える。(表2参照)
東京大は今も昔も我が国を代表する大学であることに変わりはないが、法人化や国際競争力の激化といった激動の時代の中で、これまで以上に種々の改革に迫られている。前述した『行動シナリオ』では、こうした状況を踏まえ、大学改革の一環として入試制度や学生の教育面等を見直す方策を次々と打ち出している。
また東京大では、高校・大学を取り巻く様々な入試制度の改革要因と、自校の教育理念・役割、目標との関わりにおいて、これまで度々入試改善の検討、改革が行われてきた。
近年では「後期試験」を中心に入試改革が検討された。
平成10年代まで行われていた東京大の「後期試験」については、『東京大学の経営に関する懇談会最終報告』(11年10月)で、「前期試験に対する評価は極めて高いが、後期試験に関しては“受験機会の複数化”に対する肯定的評価を除けば、積極的な評価は少ない」とされていた。そして、当時の入試方法の改善策の選択肢として次の3点が挙げられていた。
①「後期試験」を廃止し、全体を「前期試験」に移す/②「後期試験」に何らかの変更を加える/③新たに“第3の入試”を導入する
①については受験機会の複数化を受験生から奪うばかりでなく、国大協の個別試験実施の“基本方針”である「分離分割方式」(前期のみ、後期のみ募集の例外措置あり)に反し、“当面は無理”であるとしたようだ。そして、実際の検討は、②と③とされたようである。
「後期試験」は受験機会の複数化という点では歓迎すべき点はあるものの、所期の目的である“学生の資質の多様化”がどこまで達成されたかは必ずしも定かではないなどと指摘され、必ずしも“異能・異才”型学生の増加に結びついていないならば、むしろ入試に割くエネルギーを増やすだけに終わっているなどと否定的な見方もあったようだ。
また、③の“第3の入試”としては、推薦入試やAO入試などが考えられるが、東京大の選抜方法としては“馴染まない”とされたようである。
こうした議論の中で結局、国大協の「分離分割方式」の堅持、「前・後期募集枠」の弾力化といった基本方針に則り、「学力試験」重視である前記②の「後期試験」改革に踏み切った。
つまり、前述したように、20年度入試から「後期試験」の科類別募集枠を大幅に弾力化して理科3類を除く“全科類一括募集”を導入し、入試科目も変更して現在に至っている。
今回の「推薦入試」導入の背景は前述したが、なぜ、「後期試験」から「推薦入試」へ転換するのか、その直接的な要因等を探ってみる。
前述したように、「後期試験」は、「前期試験」入学者とは異なる“学生の資質の多様化”(異能・異才型学生)を求めて、20年度から募集方法や入試科目など、大幅な改革が行われた。東京大の「後期試験」は、学内での「前・後期試験“併願”」の所謂“ぶち抜き”といわれる出願の中で、“敗者復活”的色彩が強い。だだ、この敗者復活は、「前期試験」と同じ方法(募集方法や入試科目等の選抜方法)で行われるのではなく、「後期試験」の趣旨に則って実施されており、合格者の第1段階選抜の成績結果をみても、きわめて高水準である。
つまり、「後期試験」合格者の多くは、「前期試験」で不合格となったものの、“学生の資質の多様化”を求める「後期試験」の趣旨に合致した“異能・異才型学生”であるといえる。
そうであるならば、「後期試験」から「推薦入試」へ転換する理由はどこにあるのか。
まず、1つは、「前・後期ぶち抜き出願」を解消し、「後期試験」の趣旨をより鮮明に打ち出すことである。そのためには、「後期試験」を「前期試験」の前に設定することになるが、「分離分割方式」の規定によってできない。そのため、「後期試験」の趣旨を生かした入試制度としては、推薦入試かAO入試かの二者択一となる。東京大としては、高大接続や高大連携など、高校教育との関係を重視して推薦入試を選択したという。つまり、「推薦入試」導入は、現行「後期試験」の“アンチテーゼ”ではないようだ。
このほかの理由としては、「後期試験」志願者であっても「前・後期ぶち抜き出願」のため、「前期試験」と同様、既存の“教科・科目”型試験に偏った受験対策を行っていることへの牽制/全国各地の高校からの多様な人材獲得などが伺える。
なお、「後期試験」合格者は、入学時点では少なくとも「前期試験」合格者とは異なる能力・才能をもっているとみられるが、卒業時点では、両者の有意な差はほとんどみられないようだ。これは、入学後のカリキュラムなどに問題があるとみられ、「推薦入試」導入に伴い、この点も検討、改善されるとみられる。
東京大の「前期試験」は、有力進学校を中心に高校における各教科・科目の学力担保を支えており、上位校の教育、学習への影響も大きい。東京大ではこうした実態も踏まえ、全学の募集人員の約97%を占める「前期試験」主体の現行制度を維持していくという。
28年度から導入される東京大「推薦入試」の選抜方法をみると、志願者の評価については、およそ次のような観点に分けられ、各評価を総合して選抜するとみられる。
① “過去”の評価(「調査書」「推薦書」等)/②“現在”の評価(センター試験、「課題論文」の提出<予測>等)/③“将来”の評価(面接等)
こうした選抜方法はまさに、前述した新制大学発足当初から提起されている、志願者の“過去・現在・将来”の“3つの要素”を等しく評価する「総合判定主義」である。
そして、東京大「推薦入試」は、現行の〔「一般入試」(志願者の“現在”の学力評価主体)+「推薦入試」(志願者の“過去”の学習評価主体) +「AO入試」(志願者の“将来”への学習意欲、能力・適性評価主体)〕といった“新たな推薦入試”ともえる。
また、予測される「課題論文」や「面接等」では、従来型の学力試験では見えにくい知識や技能を総合して活用する思考力、表現力などを評価する「パフォーマンス評価」が取り入れられるかもしれない。この評価は、志願者の様々な知識や技能を総合して引き出させるような(パフォーマンス:ふるまい)、複雑な課題(パフォーマンス課題)を与えて、単一の筆記試験では見えにくい総合的な学力を具象化させて評価するものといえる。
● 京都大の「特色入試」導入:京都大(19年度から「前期試験」のみ)は、高大接続と各学部での教育を受けるに相応しい学力と意欲を重視する「特色入試」(募集枠100名程度:学力AO入試型、推薦入試型、後期日程型<法学部>)を28年度から全学部で実施する。
調査書、学業活動報告書、高校在学中の顕著な活動歴、志願者が作成する「まなびの設計書」などの書類審査のほか、学部ごとに論文、面接、口頭試問などを課す。センター試験成績は合否判定に用いて、基礎学力を担保する(医学部-医学科での利用は未定)。
東京大や京都大の新たな入学者選抜は、既存の教科・科目の知識の多寡や受験テクニックの優劣を判定するものではない。自ら課題を見つけ、「答えのない問題」の最善解を追求し、見出そうとするための学力や能力、適性、意欲などを総合的に評価するものである。
従来型の学力試験では評価が難しかったような卓越した能力、資質をもつ学生を入学させた後は、その能力や資質を生かし、さらに伸ばしていくようなきめ細かなカリキュラム編成が重要だ。つまり、大学(学部)が求める学生を入学させる「アドミッション・ポリシー」と、その学生を教育する「カリキュラム・ポリシー」との連携が重要となる。
ともあれ、東京大・京都大での入学者選抜の新たな取組には、成熟した知識基盤社会における今後の新“エリ-ト選抜”として期待したい。