文科省はこの程、質を伴った学生の学修時間の実質的な増加・確保など、中教審で議論している学士課程教育の質的転換に向けた方策の基礎資料として、学士課程教育の現状認識や改善への取組、課題等について、全国の大学学長・学部長にアンケート調査を行った。
学長・学部長あわせて約3割が「授業が学生の興味・関心から離れている」ことを課題として捉えており、文科省は、学長・学部長ともにそうした課題意識があるかどうかが、学生の学修成果や学修時間についての現状認識に大きく影響していると分析している。
ここでは、「学修状況の現状認識」と「学士課程教育充実のための課題認識」についての調査結果概要などを紹介し、学生が主体的に学ぶ“退屈しない授業”等について探ってみた。
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● 調査の対象:・国公私立大の学長/・国公私立大の学部長
● 調査期間:・24年5月10日~24年6月15日
● 回答状況:・学長684人(国立大77人、公立大76人、私立大531人:約91%) ・学部長1,929人(国立大335人、公立大157人、私立大1,437人:約81%)
(注) ① 大学院、短大、通信制のみの大学は対象外。/ ② 学長については「単科」「複合」「総合」の大学類型別、学部長については人文/社会/理学/工学/農学/保健/家政/教育/芸術/その他、の学部分類別の集計も行っている。/ ③ ここでの調査結果データは、24年7月3日の中教審大学分科会(第107回)・大学教育部会(第19回)での配付資料に基づく。
◆「学士力」~ 学士課程共通の“学修成果”に関する参考指針 ~
学士課程教育の改善策を提言した中教審『学士課程教育の構築に向けて』(20年12月)では、分野横断的に学士課程教育が共通して目指す“学修成果”を「学士力」とし、「学位授与の方針」等の策定や分野別の質保証の基本的な枠組みづくりの参考指針として位置付けている。「学士力」としては次の①~④のような指針が提示されているが、その適用は強制されるものではなく、各大学の自主性・自律性が尊重されている。
● ①「知識・理解」:(例) 多文化・異文化に関する知識の理解/人類の文化、社会と自然に関する知識の理解
②「汎用的技能」:(例) コミュニケーション・スキル/数量的スキル/情報リテラシー/論理的思考力/問題解決能力
③「態度・志向性」:(例) 自己管理力/チームワーク、リーダーシップ/倫理観/市民としての社会的責任/生涯学習力
④「統合的な学習経験と創造的思考力」:(例) 獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し、新たな課題にそれらを適用して課題を解決する能力
◆「学士力」等の“満足度”
~ 学長らの57.7%が「知識の活用、課題解決能力」を“不足”と認識 ~
今回の調査(以下、「学長・学部長アンケート調査」)では、学生の学修成果をみる項目について、上記①~④の「学士力」の各項目を「汎用的能力」としてまとめ、専門的な知識/専門的な技術や技能/専門職業人としての倫理観、といった各項目を「専門的能力」としてまとめている。
そして、「汎用的能力」と「専門的能力」の各項目における学修成果の“満足度”についての現状認識を、次のような4段階の数値に置き換えて調査している。
調査結果の傾向としては、次のような特徴がみられる。
● 「汎用的能力」(学士力)においては、「態度・志向性」の満足度(4段階の回答数値の合計を回答者数で除した値。以下、同。学長2.87、学部長2.82)に比べ、「知識・理解」(知識・技能)の満足度(学長2.59、学部長2.54)が低い。(図1参照)
「汎用的能力」の項目では、「獲得した知識等を活用し、新たな課題に適用し課題を解決する能力」の満足度(学長2.40、学部長2.37)が最も低い。(図1参照)
この「知識の活用と課題解決能力」については、学長と学部長の回答者に占める“満足度の割合”も集計されている。学長(672人)と学部長(1,880人)の合計では、「不十分」「やや不十分」=57.7%/「ある程度十分」「十分」=42.3%である。(図2-①参照)
● 「専門的能力」については、「専門職業人としての倫理観」の満足度が学長2.96、学部長2.80で、ともにかなり高い。「専門的能力」の満足度は、各項目において「汎用的能力」に比べ概ね高い傾向を示している。(図1参照)
◆「学修時間」の現状認識 ~ 学長らの75.2%が「授業外の学修時間」を“不足”と認識 ~
● 学生の「学修時間」の実態
大学設置基準では、授業時間も含めた1日の総学修時間を“8時間程度”としているが、学生への調査では、学修時間はその約半分の1日“4.6時間”との報告がある。
また、日本とアメリカそれぞれの調査によれば、大学での授業時間を除いた1週間当たりの大学1年生の「授業関連の学修時間」(予習・復習など)は、日本では約6割が1~5時間であるのに対し、アメリカでは約6割が11時間以上である。
● 調査結果
「学長・学部長アンケート調査」では、前述のような学修時間の実態を反映し、「事前の準備や事後の展開など授業外の学修時間」について、学長(前記の4段階方式による満足度の回答値で2.09)・学部長(同2.07)とも、満足度の「十分」(満足度=4)と「不十分」(満足度=1)の“中間”(満足度=2.50)をかなり下回っている。
また、学長と学部長の回答者に占める「授業外の学修時間」についての“満足度の割合”でも、次のような結果となっている。
学長(680人)と学部長(1,881人)の合計では、「不十分」「やや不十分」=75.2%/「ある程度十分」「十分」=24.8%で、「授業外の学修時間」については7割以上の学長、学部長が“不足”と認識している。(図2-②参照)
ただ、「授業に出席し受講する時間」については、学長(満足度3.34)、学部長(同3.31)とも高い満足度を示している。
「学長・学部長アンケート調査」では、学士課程教育を充実させていくための課題認識の調査項目として、組織/教育課程/教員/教育環境などを挙げている。ここでは、「教育課程」と「教育環境」についての学長・学部長の課題認識についてみてみる。
「教育課程」と「教育環境」の各課題項目については、学長・学部長の“課題認識度”を次のような4段階の数値に置き換えて調査している(以下の集計記述で、各回答項目の数値は4段階の回答数値の合計を回答者数で除した値)。
また、各課題項目における学長と学部長の回答者に占める“課題認識度の割合”も集計されている。
◆「教育課程」についての課題認識
●“授業”と“学生の興味・関心”とのずれ ~ 学長らの30.3%が“課題”認識 ~
「授業が学生の興味・関心から離れていること」についての課題認識度は、学長2.24、学部長2.17で、ともに課題認識度の「大きな課題」(課題認識度=4)と「課題ではない」(課題認識度=1)の“中間”(課題認識度=2.50。以下、同)を下回っている。(図3参照)
他方、学長と学部長の回答者に占める当項目についての“課題認識度の割合”でも、次のような結果となっている。
学長(671人)と学部長(1,851人)の合計では、「課題ではない」「あまり課題でない」=69.7%/「課題」「大きな課題」=30.3%で、「授業と学生の興味・関心とのずれ」については、学長・学部長あわせて約3割が“課題”と認識している。(図4-①参照)
◎「授業と学生の興味・関心とのずれ」と「学生の学修成果・学修時間」
ところで、学生の学修成果や学修時間をいかに高めていくかが大きな課題になっているが、学長・学部長とも、「授業と学生の興味・関心とのずれ」を“課題”として捉えているかどうかが、学修成果や学修時間についての現状認識に大きく影響しているという。つまり、学生にとっての“退屈な授業”を学長・学部長が課題として認識することによって“授業の改善”(後述)等が図られ、学生の学修成果や学修時間の好転につながっていくとみられる。
● “学修時間・学修成果の把握” ~ 学長の60.3%が取組む ~
「学長・学部長アンケート調査」では、「学修時間・学修成果の把握」に関する調査も行っている。
「学修時間や学修行動の把握」に取り組んでいると回答している学長は全回答者のうち60.3%、学部長は57.2%である。その把握方法としては、「学生による授業評価」(後述)や「学修ポートフォリオ」が最も多く(学長22.0%、学部長23.3%)、次いで「学生アンケート調査(学修時間を含む)」(学長17.7%、学部長17.6%)などとなっている。
●“授業科目の細分化”と“開設科目の多さ” ~ 学長らの44.9%が“課題”認識 ~
「授業科目が細分化され、開設科目が多いこと」についての課題認識度は、学長2.57、学部長2.27である。学長の課題認識度は「大きな課題」(課題認識度=4)と「課題ではない」(課題認識度=1)の“中間”を上回っているのに対し、学部長の課題認識度は下回っており、両者の差は0.3ポイントである。(図3参照)
当項目について回答した学長(682人)と学部長(1,891人)の合計に占める当項目の“課題認識度の割合”は、「課題ではない」「あまり課題でない」=55.1%/「課題」「大きな課題」=44.9%である。(図4-②参照)
なお、科目の「ナンバリング」等、科目間の体系性を確保する取組は全回答者のうち、理系学部では20%台~30%台であるが、人文・社会・教育学部系では10%台に留まる。
●“科目内容の教員裁量への依存”と“教員間の連携不十分”
~ 学長らの59.6%が“課題”認識 ~
「科目の内容が各教員の裁量に依存し、教員間の連携が十分でないこと」についての課題認識度は、学長2.72、学部長2.56で、ともに「大きな課題」(課題認識度=4)と「課題ではない」(課題認識度=1)の“中間”を上回っている。(図3参照)
当項目について回答した学長(682人)と学部長(1,896人)の合計に占める当項目の“課題認識度の割合”は、「課題ではない」「あまり課題でない」=40.4%/「課題」「大きな課題」=59.6%である。(図4-③参照)
◆「教育環境」についての課題認識
●“大人数講義の多さ” ~ 学長らの30.9%が“課題”認識 ~
「大人数講義が多いこと」についての課題認識度は、学長1.98、学部長2.13で、ともに「大きな課題」(課題認識度=4)と「課題ではない」(課題認識度=1)の“中間”を大きく下回っている。
当項目について回答した学長(677人)と学部長(1,893人)の合計に占める当項目の“課題認識度の割合”は、「課題ではない」「あまり課題でない」=69.1%/「課題」「大きな課題」=30.9%である。(図4-④参照)
●“指導サポートのスタッフ不足” ~ 学長らの65.8%が“課題”認識 ~
「きめ細かな指導をサポートするスタッフが不足していること」についての課題認識度は、学長2.67、学部長2.76で、ともに「大きな課題」(課題認識度=4)と「課題ではない」(課題認識度=1)の“中間”を上回っている。
当項目について回答した学長(679人)と学部長(1,886人)の合計に占める当項目の“課題認識度の割合”は、「課題ではない」「あまり課題でない」=34.2%/「課題」「大きな課題」=65.8%である。(図4-⑤参照)
学士課程教育を充実させるうえで、教育課程と教育環境の面では、学修支援スタッフの不足や教員間の連携不十分などを“課題”として捉えている学長・学部長の割合が多い。
ただ、指導をサポートするスタッフの不足には65.8%の学長・学部長が“課題”であるとしながら、69.1%の学長・学部長は大人数講義を“容認”するという結果になっている。
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今回の「学長・学部長アンケート調査」結果から、学長・学部長とも、「授業が学生の興味・関心から離れている」ことを“課題”として捉えているかどうかが、学生の「学修成果・学修時間」についての現状認識に大きく影響しているとしている。
他方、「授業が学生の興味・関心から離れている」ことについての学長・学部長の課題意識は、“課題”として捉えている割合は約30%に留まり、課題認識度も低い。また、学生の「授業外の学修時間」についても学長・学部長の約75%が“不足”と認識している。
さらに、学生への調査によると、授業時間も含めた学生の1日当たりの総学修時間は、大学設置基準の「単位取得」で想定される8時間程度の約半分の4.6時間だという。
ただ、「授業に出席し受講する時間」の“満足度”は前述したように学長・学部長とも高く、「予習・復習はほとんどせず、授業にはまじめに出席する」といった学生像が伺える。
こうしたことから、学長・学部長は「授業と学生の興味・関心とのずれ」についての課題意識をもって、授業の改善に取り組む必要がある。
具体的には、学生の興味・関心を引き出して主体的な学びを確立するために、学生の自主的な参加による課題探究型の授業、教員と学生との双方向型の授業、ディベート、ディスカッション、アーギュメント、プレゼンテーションなどによる学生参加型の授業、フィールドワーク、実習など多様な体験・実践型の授業など、学生の主体的な学びに視点を置く“脱・退屈な授業”への転換が求められる。
ところで、大学における教育内容の改善を図る取組の一環として、「“学生”による授業評価」(以下、「授業評価」)が広く行われている。
「授業評価」は、いわば、教える側の“教員”が、教えられる側の“学生”に評価されることで、20数年前まではほとんどみられなかった。
しかし、「学生=授業料を支払う消費者権利を有する」といったアメリカの大学で当時既にみられていた考え方に立って、日本でも昭和63(1988)年頃から、組織的に「授業評価」を導入する私立大が相次いだ。
そして、平成3(1991)年の大学設置基準の大綱化に伴う「自己点検・評価」の進展(平成3年“努力義務化”→ 11年“義務化”)と相俟って、「授業評価」の導入は急激に広まっていった。
平成21年度現在、国立65大学(75.6%)、公立61大学(79.2%)、私立473大学(80.2%)、国公私立599大学(79.5%)で全学的な「学生による授業評価」(以下、「授業評価」)を行っている(文科省『21年度大学における教育内容等の改革状況について』23年8月。以下、『21年度大学教育改革状況』)。
文科省の『21年度大学教育改革状況』では、「授業評価」の調査項目として、授業の出席状況/授業中の態度(意欲など)/事前、事後の自主的な学習/授業に対する興味、関心/授業のわかりやすさ/担当者の熱意・意欲/担当者の話し方、声のボリューム/補助教材の質/黒板・ビデオ・OHP等の使い方など、13項目を挙げている。
このうち、「授業に対する興味、関心」を「授業評価」の評価項目としているのは国立76大学(88.4%)、公立61大学(79.2%)、私立505大学(85.6%)で、国公私立642大学(85.3%)である。この評価項目は、「授業のわかりやすさ」(716大学、95.1%)/「担当者の熱意・意欲」(653大学、86.7%)に次いで多くの大学が取り上げており、大学側の関心度も高いことが伺える。
また、「授業評価」の結果を授業改善に反映するための組織的な取組は、『21年度大学教育改革状況』によると、国立81大学(94.2%)、公立58大学(75.3%)、私立464大学(78.6%)で、国公私立603大学(80.1%)で行われている。
前述した「学長・学部長アンケート調査」では、多くの大学で行われているこうした「授業評価」なども反映されているとみられる。
例えば、次のようなことが推測される。
『21年度大学教育改革状況』の「授業評価」について、「授業に対する興味、関心」についての“学生による評価結果”が示されていないため、“学生側”からみた「授業と学生の興味・関心とのずれ」の程度ははっきりしない。ただ、学士課程教育に関する今回の「学長・学部長アンケート調査」で学長・学部長の約30%が「授業と学生の興味・関心とのずれ」を“課題”として認識していることは、学生側からみた「授業に対する興味、関心」も30%程度が“ずれ”(退屈な授業)を感じているともいえよう。
学生の質を伴った学修時間の増加・確保、自律的な学修の確立には、中教審で様々な方策が検討、議論されているが、授業の在り方は学生の学修意識に大きな影響を及ぼしているといえる。
学生の目的意識(期待)と大学教育の目標(授業内容等)が合致すれば、学修成果・学修時間とも向上し、学士課程教育全体の好循環にもつながる。“授業”は、教員と多様な学生をつないで好循環させる“エンジン”であり、学生の自律的な学修(授業外の事前・事後の学修も含む)の源でもある。それだけに、「授業と学生の興味・関心とのずれ」を課題として認識している学長・学部長の割合が30%程度であっても、授業と学生とのつながりを看過せずに授業改善に取組むべきである。
大学(学士課程教育)は教員の知識・技能や考え方などを学生に一方的に教え伝える場ではなく、「アドミッション・ポリシー」(入学者受入れの方針)に基づく高校までの基礎学力(教科学力の修得や活用力。この高校学力の修得には大学での初年次教育やリメディアル教育などが避けられない現実がある)を踏まえたうえで、「カリキュラム・ポリシー」(教育課程編成・実施の方針)や「ディプロマ・ポリシー」(学位授与の方針)に沿って専門基礎学力や汎用的能力(ジェネリック・スキル)などを、教員と学生とのやり取り、学生同士のやり取り(双方向・多方向性の授業)によって修得していく場であろう。
そのため、授業の中で学生の興味・関心を呼び起こすような、退屈させない“白熱教室”の授業展開が望まれる。
ただ、普遍的な“白熱教室”のモデルがあるわけではなく(日本でも2年ほど前に紹介され、話題になったハーバード大学のマイケル・サンデル教授の『ハーバード白熱教室』は参考になろうが)、各大学(学部)の機能や特色、教員の資質・特質などを前提に、大学と教員、学生の絶え間ない授業評価と授業改善の取組の中で、自らの“白熱教室”によって教員と学生との信頼関係、協働関係を築いていくことが大事だ。