22年度の大学入試は、受験生約68万人の91.0%に当たる約61万9,000人が入学を果たすという、所謂“全入”に近い状態だ。加えて、原則、学力検査を免除する「推薦・AO入試」による入学者が44.2%、私立大では51.4%に及ぶ。「高大接続」において学力面での接続機能を担ってきた大学入試は、今や一部の大学・学部を除き、機能不全に陥っている。
こうした中、文科省の委託を受けた北海道大の所謂、「高大接続テスト(仮称)」の調査研究委員会は先ごろ、同テストの在り方等を提言する報告書をまとめた。
ここでは、「高大接続」や大学入試の実態、これまで提言されたそれらの改善方策、及び今回提言された「高大接続テスト(仮称)」の概要等を整理し、「高大接続」に係るテストの“機能別分化”などについて考察した。
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「高大接続」とは、大学進学希望者が高校教育から大学教育へ円滑に移行することができるよう、高校と大学が連帯してそれぞれの責任を果たすことであるといえよう。
つまり、ここでの「接続」は“アーティキュレーション”(articulation;節)を意味し、「つながり」(連続)と「区別」(不連続)の2面性をもつものとして捉える。(図1参照)
・ 高校と大学の“つながり”
高校と大学との“つながり”としては、各大学・学部の「アドミッション・ポリシー」に基づく入学者選抜(入試)の実施、高大連携によるカリキュラム改革、初年次教育、リメディアル教育などがあげられる。
特に高校、大学双方によるカリキュラム改革については、これまでの出前授業や科目等履修生制度に留まらず、大学レベルの単位を高校でも取得できるAP(アドバンスド・プレースメント)の確立などが今後期待される。
・ 高校と大学の“区別”
高校と大学とを“区別”する面に着目すれば、高校教育と大学教育とのそれぞれの目的・目標、特性、機能などを明確にし、実行していくことである。
即ち、中学(22年3月卒業)から高校への進学率が98.0%に達し、ほぼ“義務教育”と化した高校では、多様化した各学校の特色・目標等のもと、「学習指導要領」に則って「生きる力」(確かな学力/豊かな心/健やかな体)を育んでいく。
一方、大学への進学率は50.9%(22年4月大学入学者の大学進学適齢期<18歳>人口に占める割合)に達し、高等教育の拡大は、高等教育の発達段階で最終ステージ(進学率50%超)の所謂“ユニバーサル”段階に入っている。こうした情勢のもと、各大学では、自校(学部等)の個性化・特色化による教育の多様性(機能別分化)を確保しつつ、各専門分野を通じて共通の「学士力」(知識・理解/汎用的技能/態度・志向性/総合的な学習経験と創造的思考力)を自主的・自律的に培い、21世紀型市民を育成していく。
なお、最近は高校と大学とのつながりに生じている“割れ目(キャザム:chasm)”を前提に、この割れ目を如何に埋めていくかが「高大接続」の課題であるとし、「高大接続」を“キャザム:chasm”と表現する向きもみられる。(図1参照)
大学入試は、受験者の「学力把握」と、受験者を「選抜」するという2つの機能をもつ。(図2参照。テストの機能については後述)
高校教育の多様化に加えて所謂「大学全入」時代を迎え、大学入試の「選抜」機能が果たしてきた高校教育の質保証と、大学入学者の基礎学力の保証がともに崩れだしている。
選抜性の高い有力大学(学部)の一般入試、及び推薦・AO入試を除き、大学進学は大学志願者が主導権を握る買い手市場となり、学力検査を原則免除する推薦・AO入試が拡大している。大学入試は、大学による一方的な“選抜”から、大学と大学志願者との“相互選択”へとこれまで以上にシフトせざるを得ず、“学力担保”などを含めた「高大接続」の観点からも大学入試の改善を迫られている。(図2・3・4参照)
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大学教育の質保証に向け、中教審は『学士課程教育の構築に向けて』(20年12月答申;以下、『学士課程答申』)において、(1)学位授与の方針(ディプロマ・ポリシー;出口)/(2)教育課程編成・実施の方針(カリキュラム・ポリシー;中身)/(3)入学者受入れの方針(アドミッション・ポリシー;入口)の三つの方針に貫かれた教学・経営の改善方策を提言した。
大学入試に関わる(3)の「入学者受入れ方針」については、入試方法の多様化が進む中、推薦入試やAO入試において、大学進学者は一定の学力を有しているとの前提の下で必ずしも学力検査を課さない形態で普及しており、学力検査を伴う一般入試の大学入学者の割合が低下していると指摘している。さらに、推薦入試やAO入試は外形的・客観的な基準が乏しく、事実上の“学力不問”となるなど、本来の趣旨と異なった運用がされているのではないかとの懸念を示している。(図3・4参照)
こうした入試の現状と課題に対し『学士課程答申』では、高校と大学は“選抜”だけでつながる関係から、“客観的できめ細やかな学力把握”とそれに基づく“適切な指導”で学力向上が図られるよう、共に力を合わせて取組む関係へと転換していくことを求めている。
つまり、高校、大学それぞれの学校段階において、各生徒や学生に対し、学力を客観的に把握する指標を活用し、そこで得られた情報を高校と大学間で共有することにより、教育の質を保証する新たな仕組みを構築していくことが望まれるとしている。
中教審の『学士課程答申』に先立ち、中教審大学分科会、制度・教育部会の学士課程教育の在り方に関する小委員会の「高等学校と大学との接続に関するワーキング・グループ」は20年1月、「高大接続」に係る大学入試の改善方策として、「調査書」の改善/アドミッション・ポリシーの明確化/「推薦・AO入試」の改善/一般入試の改善などを提起した『議論のまとめ』を報告した。
特に“学力不問”とまで指摘される「推薦・AO入試」の改善については、以下のような学力把握措置を少なくとも1つは講ずることを求めている。
(1) 学力検査の実施(大学間の連携、協同実施などを含む)
(2) センター試験の利活用(出願資格、合否判定)
(3) 資格取得や検定試験の利活用(出願資格、合否判定)
(4) 「高大接続テスト(仮称)」の活用
* 大学入試や高校教育の指導改善等に幅広く活用できる新しい学力検査(「高大接続テスト(仮称)」)を行うことも有効な方法。高校・大学関係者の十分な協議・研究が必要。
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文科省は前記のような提起を踏まえ20年8月、北海道大の「高等学校段階の学力を客観的に把握・活用できる新たな仕組みに関する調査研究」(以下、「協議・研究」。代表=佐々木隆生・北海道大特任教授)を20年度の先導的大学改革推進委託事業として採択した。
「協議・研究」のメンバーは国・公・私立大、高校の各関係者などによって構成され、20年10月~22年9月まで2年間にわたって所謂、「高大接続テスト(仮称)」についての調査研究、協議を行ってきた。
「高大接続」に係る上記の「協議・研究」の設置は、前述のような中教審からの提起に先立つ国立大学協会(国大協)からの要請や日本私立大学連盟(私大連)での入試改善論議が布石になっているとみる。
それだけに、「高大接続」問題は、大学側にとって高等教育の質保証の観点からも重要な課題であることが伺える。
国大協の「高大接続」や、私大連の入試改善論議のポイントは、次のとおりである。
(1) 国立大学協会(国大協)の「高大接続」改善要請
・ 「国立大学は、その使命に基づいて高等学校における基礎的教科・科目の普遍的な学習を求めてきた。しかし、様々な問題点(注.ここでは省略)が生じている。適切な高大接続を実現するべく、『高等学校等における基礎的教科・科目の学習の達成度を把握する新たな仕組み』の構築に関し、文部科学省はじめ関係者による検討を要請する。
なお、新たな仕組みについては、その内容や水準、大学入試センター試験との関係、実施主体など種々の点での検討が必要である」(『平成22年度以降の国立大学の入学者選抜制度-国立大学協会の基本方針-』<19年11月>より一部抜粋)
(2) 日本私立大学連盟(私大連) の入試改善策
・ センター試験の活用、推薦・AO入試における入学者の質保証の仕組みの検討など。
(『日本の高等教育の再構築に向けて〔Ⅱ〕:16の提言≪大学生の質の保証-入学から卒業まで-≫』<16年3月>より)
・ 少数科目入試を見直し、幅広い基礎学力を測る制度設計/推薦・AO入試の見直し、厳選/センター試験、あるいはこれに変わりうる“統一試験”を広範に取り入れた入試制度の設計など。
(『私立大学入学生の学力保障-大学入試の課題と提言-』<20年3月>より)
「高大接続テスト(仮称)」の「協議・研究」は22年5月、代表者名による『経過報告』を提示し、関係各方面からの意見聴取を踏まえて、今秋、『最終報告』を文科省に提出した。
『最終報告』は、高校教育や大学入試などについての詳細なデータや実態、外国の事例など、エビデンスに基づいた「高大接続」の検証を行い、「高大接続テスト(仮称)」の必要性、性格、特徴といった、その基本的方向性を提言している。
「高大接続テスト(仮称)」の基本的方向性は、次のとおりである。
構想された「高大接続テスト(仮称)」は、高校側における大学進学希望者の学習を評価する「客観的指標」、つまり“学びのマイルストーン”として活用することを第一義に据えているとみる。
加えて、「高大接続テスト(仮称)」による評価(絶対評価)は高校側での活用に留まらず、大学入試、とりわけ推薦・AO入試や初年次教育など、大学側での活用も想定されている。
いずれにしろ、「高大接続テスト(仮称)」のような「目標準拠」型の“達成度テスト”では、試験問題の公平性(標準化、等化)とともに、評価の安定性の確保も重要な要素となる。そのため、「高大接続テスト(仮称)」には、大学の医・歯・薬学部などで臨床実習開始前に行われている評価試験、即ち「共用試験」などに導入されている「IRT」(Item Response Theory:項目反応理論)を適用した出題などが想定されているようだ。
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テストは教育・学習上の“道具”(ツール)として用いられる「尺度」であり、「学力把握」(評価)と「選抜」といった2つの機能を兼ね備えているといえる。そして、テストを実施する“目的”(使い方)に応じて、「評価尺度」にもなり、「選抜尺度」にもなる。
なお、この2つの機能は完全に分離するのではなく、両者はテストの活用の仕方(機能の比重のかけ方)によって、2つの機能はいわば“強弱”としてそれぞれ発揮される。
(1) 「評価尺度」:学習の達成度を評価(学力把握)する「目標準拠」型テストが強く発揮する機能(道具)で、“達成度テスト”として実施される。学習目標(達成度基準)に照らしての“絶対評価”が可能なテストである。学校(授業)における学習成果をみる中間・期末テストや、「全国学力・学習状況調査」などが該当する。
「高大接続テスト(仮称)」の機能は、「目標準拠」型の“達成度テスト”であるとされていることから、「評価尺度」として用いることを第一義としているといえよう。
(2) 「選抜尺度」:受験者の“差別化”(序列化)、即ち「選抜」を第一義とする「集団準拠」型テストが強く発揮する機能(道具)で、“選抜テスト”として入試に広く用いられている。このテストは、受験者の“絶対評価”には適さず、“相対評価”となる。
・ センター試験の目的
ところで、センター試験の目的は、「大学入学志願者の高等学校段階における基礎的な学習の達成度を判定すること」(共通第1次試験<昭和54(1979)年~平成元(1989)年;国公立大利用>を継承)とされている。
・ センター試験利用大学に対する目標・機能
センター試験は、その利用大学に公平な選抜のための資料を提供することを目標としていることなどから、「集団準拠」型の“選抜テスト”として運用されている。
つまり、センター試験は、本来の目的は“達成度テスト”であるが、利用大学に対する目標・機能としては“選抜テスト”である、といった2面性をもっている。
・ センター試験の実像
センター試験は上記のように、“選抜テスト”として運用されている実態から、“公平”な選抜資料の提供/出題の公平性/教科書掲載文、過去問等による出題制限(22年度から出題に際し弾力化が図られている)などにより、基礎学力の「達成度評価」には一定の“限界”があるともいわれる。
さて、ここまで、今回構想された「高大接続テスト(仮称)」の基本的方向性やテストの機能、センター試験実施の実態などをみてきた。それらを踏まえ、「高大接続」に係る「高大接続テスト(仮称)」と「センター試験」とを並存させるならば、両者の“機能別分化”を明確にすべきではないか。
つまり、「高大接続テスト(仮称)」は、高校での大学進学希望者を基本的な対象とする基礎学力診断のための「評価尺度」として、高校側主体で行う。
一方、「センター試験」は大学受験者の「選抜尺度」として、大学側主体で実施することとし、両者の目的・機能を明確に分けるべきであろう。
「高大接続テスト(仮称)」については中教審で提起された20年1月当初、高校側を中心に既存のセンター試験との関係(差別化、棲み分け、一元化など)の不明瞭さ、実施による負担感などから、疑問視する向きもあった。ただ、最近は、高校現場でも「高大接続」のための基礎学力の把握措置の必要性は共通認識として捉えられているようだ。例えば、「高大接続テスト(仮称)」の推薦・AO入試への活用については、大半が肯定的のようだ。
「高大接続テスト(仮称)」は、高校側が主体的に実施する学力診断のための「評価尺度」であると位置づければ、悉皆テストでないにしても、“学びのマイルストーン”として生徒の学習意欲の促進や学力の育成に留まらず、“校内尺度”と指摘される「調査書」(教科・科目の評定など)の信頼性を高めることにもつながる。
また、98%の中学生が進学する高校教育にとって、中学との接続も重要である。したがって、高校教育に活かす「高大接続テスト(仮称)」であれば、現在、中学3年生を対象に行われている「全国学力・学習状況調査」、及び「教育課程実施状況調査」(中学・高校)などともリンクさせ、中学 → 高校 → 大学といった、初等中等教育から高等教育への一連の接続も視野に入れた“接続テスト”としても検討してはどうか。
『最終報告』では、「高大接続テスト(仮称)」の基本的方向性は構想されたものの、テストの具体的な制度設計や実施内容等は明らかにされていない。
例えば、「目標準拠」の“目標”や“達成度”の基準は、どこに置くのか。1点刻み(素点)でなく、一定の得点幅をもたせたスコア(評点)によるランク別の評価を行うにしても、各ランクの評価基準(規準)を設定しなければならない。基本的には、高校の「学習指導要領」や国が例示した「評価規準」(観点別学習評価の規準)などが基本となろう。
しかし、高校の義務教育化と多様化が拡大している現状で、高校教育のミニマム・リクァイアメント、つまり高校生としての“学びの共通性”の評価基準をランク別とはいえ、共通テストである「高大接続テスト(仮称)」にどう反映させるのか。学校種や学科の特色・特性などとの関連をどう扱うのかなど、今後の課題として残る。
また、解答方式にマークシートを想定するならば、学力の重要な要素である「知識」「活用」「意欲」のうち、「知識」(基礎的・基本的な知識・技能の習得)についての成果測定は特段の問題点はないとみられるが、「活用」(思考力・判断力・表現力等)や「意欲」(学習意欲)の評価については、ある程度制約を受けざるを得ないのではないか。
今回構想された「高大接続テスト(仮称)」は、その実現可能性、高校・大学での受容性や需要度なども含め、高校・大学関係者などの間で残された諸課題の検討、調査研究が今後さらに進められていくことを望みたい。
もちろん、「高大接続テスト(仮称)」の実施によって、高校生や学生の学力保証が全て担保されたり、「高大接続」の問題点が一気に解決したりするわけではない。
ともあれ、高校教育と大学教育の改善に向け、生徒を送り出す高校側と学生を迎え入れる大学側とがともに協働(コラボレーション)し、より良い「高大接続」を構築していくことが大事だ。今回の「協議・研究」を通じて、高校・大学関係者が「高大接続」問題に協働して取り組んだことは、意義深いことである。