今月の視点 2014.6

どうなる!? 次期「学習指導要領」の枠組み

教科・科目の “縦割り” ベースから、“横断型”の 「資質・能力」 重視へ

2014(平成26)年度

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 グローバル人材育成、東京オリンピック・パラリンピック開催(2020<平成32>年)で英語教育の充実・強化などが進められている中、仄聞(そくぶん)するところ、文科省は次期「学習指導要領」に向けた国の教育課程の基準全体の見直しを今秋にも中教審に諮問するとみられる。
 他方、児童生徒の育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容等の在り方を検討している文科省の有識者検討会は先ごろ、それまでの検討、議論等を『論点整理』にまとめた。
 次期「学習指導要領」の基本的な構造は、各教科等の教育目標・内容を中心にしたこれまでの“縦割り”ベースから、教科“横断型”の「資質・能力」を重視する枠組みに「学習評価」も含めて見直されそうだ。

 

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< 次期「学習指導要領」に向けた枠組み検討 >

 

社会状況の変化と次代を担う児童生徒

 

 急速に進む超少子高齢化と人口減少社会を迎えた我が国は、社会・経済的、文化的活動が地球規模で拡大し様々な影響を及ぼすグローバル化の大波にも晒されている。
 加えて、特に23年3月の東日本大震災以降、未曾有の自然災害や原発事故、エネルギー資源の有限化などといった社会状況の変化の中で、次代を担う児童生徒たちには今後、これまで経験したことのない新たな課題を見出し、それらの最善解を生み出す力が求められる。

 

次期「学習指導要領」の枠組みと有識者検討会の設置

 

 文科省は、児童生徒がこれからの時代に求められる力を確実に身に付け、それぞれの可能性を最大限に伸ばすことができるよう、育成すべき「資質・能力」及びそのための「教育目標・内容」、「評価」の在り方を明確にする必要があるとしている。
 学校の教育課程編成の基準として国が定める学習指導要領の改訂に備え、その枠組みづくりに生かすために、育成すべき資質・能力や教育目標・内容等の基礎的資料が必要である。
 文科省はこのような観点から24年12月、「育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容と評価の在り方に関する検討会」を設置した。
 当検討会では、育成すべき資質・能力を踏まえた教育目標・内容の構造/教育目標、指導内容、学習評価を一体的に捉えた教育課程の在り方などを中心に検討、議論し、26年3月末にそれまでの議論を『論点整理』として取りまとめた。

 

■ 育成すべき 「資質・能力」 を踏まえた 『論点整理』 ■

< 学習指導要領の構造見直し >

 

 『論点整理』は、次期「学習指導要領」について、その構造を以下のような基本的な方向で見直す必要があるとしている。
 ➀ 児童生徒に育成すべき「資質・能力」を明確化した上で、
 ➁ そのために各教科等でどのような「教育目標・内容」を扱うべきか、
 ➂ また、資質・能力の育成の状況を適切に把握し、指導の改善を図るための「学習評価」はどうあるべきか。

 そして、学校でのより効果的な教育課程編成の改善を目指すためには、学習指導要領の構造を、育成すべき「資質・能力」を“起点”として改めて見直すことが必要であるという。

 

< 学習指導要領の構造見直しの背景 >

 

各教科中心の“縦割り”指導要領 /「汎用的能力」育成の不十分な取組

 

 児童生徒の育成すべき資質・能力を中心とした教育課程の考え方は、これまでの中教審の議論でも意識されており、現行の学習指導要領にもその成果の一端が盛り込まれている(後述)。ただ、従来の学習指導要領は、全体として各教科等でそれぞれ教えるべき内容に関する記述が中心になっている。
 ◆ 「知っていること」から、「できるようになること」へ
 当検討会は、これまでの学習指導要領は各教科等で“縦割りになりがちな状況”の改善を妨げるだけでなく、多くの学校で“学力についての認識”が「何かを知っていること」に留まりがちになり、知っていることを活用して「何かをできるようになること」にまで発展しないといった背景が懸念されるとしている。
 また、授業において、“各教科等を横断する「汎用的能力」”の育成を意識した取組も不十分との指摘があるという。

 

“コンピテンシー”に基づく教育改革

 

◆ 世界の潮流
 育成すべき人間像を巡る世界各国の教育改革の潮流としては、断片化された知識や技能ではなく、人間の全体的な能力を“コンピテンシー”として定義し、それをもとに目標を設定し、政策をデザインする動きが広がっているという。
 『論点整理』では、特にOECD(経済協力開発機構)の「キー・コンピテンシー」(主要な資質・能力等。後述)をはじめ、アメリカを中心とした「21世紀スキル」、イギリスの「キー・スキルと思考スキル」、オーストラリアの「汎用的能力」などのほか、国立教育政策研究所(以下、国教研)の「21世紀型能力」(後述)などを参考に、育成すべき資質・能力を明確化した上で、その育成に必要な教育の在り方を考える方向を示している。

 

OECDの「キー・コンピテンシー」

 

◆ 策定の経緯
 グローバル化と知識基盤社会といわれる21世紀を目前に控えた1990年代後半、各国では次代を担う子供たちの教育の成果と影響に関する情報への関心が高まり、OECDにおける「キー・コンピテンシー」の特定と分析に伴うコンセプトを各国共通にする必要性が強調された。
 OECDはこうした情勢を踏まえ、1997年末に『コンピテンシーの定義と選択』(The Definition and Selection of KEY COMPETENCIES;DeSeCo<デセコ>)の策定に着手し、2003年に最終報告を出した。

 

「キー・コンピテンシー」の概念

 

 コンピテンシーとは、単なる知識や能力だけではなく、技能や態度をも含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる力である。
 そして、「キー・コンピテンシー」とは、日常生活のあらゆる場面で必要なコンピテンシーをすべて列挙するのではなく、コンピテンシーの中で特に①人生の成功や社会の発展にとって有益/②様々な文脈の中でも重要な要求(課題)に対応するために必要/③特定の専門家ではなくすべての個人にとって重要といった性質をもつとして選択されたものであるという。

 

「キー・コンピテンシー」のカテゴリー

 

 OECDの「デセコ」では、個人の能力開発に十分な投資を行うことが、社会経済の持続可能な発展と世界的な生活水準の向上にとって唯一の戦略となるとして、次のような3つのカテゴリーからなるキー・コンピテンシーを提起している。(図1参照)
 ➀ 言語や知識、技術を相互作用的に活用する能力(社会・文化的、技術的ツールを相互 作用的に活用する能力)  ⇒ 個人と社会との相互関係
 ➁ 多様な集団による人間関係形成能力 ⇒ 自己と他者との相互関係
 ➂ 自律的に行動する能力 ⇒ 個人の自律性と主体性

 

 さらに、前記3つのカテゴリーの中心にある個人の「思慮深く考える力」の必要性をあげている。
 つまり、“深く考える”ことには、目前の状況に対して「特定の定式や方法を反復、継続的に当てはめることができる力」だけではなく、「変化に対応する力」「経験から学ぶ力」「批判的な立場で考え、行動する力」が含まれるとしている。
 このキー・コンピテンシーの概念は、OECDの「生徒の学習到達度調査(PISA)」にも取り入れられ、我が国はじめ、各国の教育政策に大きな影響を与えている。
 また、21世紀に必要とされるスキルと、その評価システムを研究する国際的なプロジェクトも立ち上げられ(ATC21s :2009年1月) 、「21世紀型スキル」が定義されるとともに、評価の在り方の検討が進められている。
 その成果は、「PISA 2015」の問題にも21世紀型スキルの測定(協調型問題解決能力)として一部取り込まれる見込みであるという。

 

< “3つの資質・能力” の育成 >

 

言語・数理・情報リテラシー / 認知スキル / 社会スキル

 

 子供たちの資質・能力に関する前述のような国際的な動きを受け、各国でも21世紀に求められる資質・能力を定義し、それを基盤にした“ナショナル・カリキュラム”を開発する取組が活発になっているという。
 それらの取組については、いずれも、次のような“3つの資質・能力”を育成しようとしている点が共通しているという。
 ➀ 言語や数、情報を扱う「基礎的なリテラシー」
 ➁ 思考力や学び方の学びを中心とする「認知スキル」
 ➂ 社会や他者との関係やその中での自律に関わる「社会スキル」

 なお、カリキュラム開発の取組に際し、特に「認知スキル」や「社会スキル」は“汎用的能力”である“教科等横断的に育成する資質・能力”として重視されているという(国教研『教育課程の編成に関する基礎的研究報告書5』:25年3月より)。

 

< 「資質・能力」 の育成を巡る提言 >

 

 我が国における「資質・能力」の育成を巡る提言は、後述する「生きる力」の理念以外にも、次のような様々な提言がなされてきた。
 ◆「基礎的・汎用的能力」
 キャリア教育に関連して、社会的・職業的自立、社会・職業への円滑な移行のために「基礎的・汎用的能力」が必要。具体的には、「人間関係形成・社会形成能力」/「自己理解・自己管理能力」/「課題対応能力」/「キャリアプランニング能力」(中教審答申『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』:23年)。
 ◆「課題探求能力」
 大学においては、「課題探求能力」が「主体的に変化に対応し、自ら将来の課題を探求し、その課題に対して幅広い視野から柔軟かつ総合的な判断を下すことのできる力」として求められる(大学審答申『21世紀の大学像と今後の改革方策について』:10年)。
 ◆「学士力」
 大学における「学士力」については、教養を身に付けた市民として行動できる能力が必要であるとし、「知識、理解」/「統合的な学習経験と創造的思考」/「汎用的技能」/「態度・志向性」に関する力を提示(中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』:20年)。
 ◆「学士力」の要素
 予測困難な時代において高等教育段階で求められる「学士力」の重要な要素として、「認知的能力」/「倫理的、社会的能力」/「創造力と構想力」/「教養、知識、経験」が示されている(中教審答申『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に向けて』:24年)。
 ◆「人間力」/「社会人基礎力」
 主に社会参画の観点から「人間力」(内閣府「人間力戦略研究会」:15年)/産業人材の観点から「社会人基礎力」(経産省「社会人基礎力に関する研究会」18年)。
 ◆「自立・協働・創造に向けた一人一人の主体的な学び」
 「一人一人の自立した個人が多様な個性・能力を生かし、他者と協働しながら新たな価値を創造していくことができる柔軟な社会を目指していく」ために、「変化の激しい社会にあって、自立・協働・創造に向けた一人一人の主体的な学び」が大きなテーマ。
 教育行政の基本的な方向性について、「社会を生き抜く力の養成」として、主体的・能動的な力の養成/「未来への飛躍を実現する人材の養成」として、変化や新たな価値を主導・創造し、社会の各分野を牽引していく人材の養成など(「第2期教育振興基本計画」:25年6月閣議決定)。
 ◆ 高校教育の「コア」
 全ての高校生に共通に身に付けさせる資質・能力である「コア」について、その範囲や要素として、「社会・職業への円滑な移行に必要な力」/「市民性」が重要であるとしているほか、これらを構成する一部ともなる「批判的に考える力」/「説明する力・議論する力」/「創造力」/「人間関係形成力」/「主体的行動力」/「自己理解・自己管理力」/「職業観・勤労観」/「公共心」/「社会奉仕の精神」/「他者への思いやり」/「健康の保持増進の実践力」などを挙げている(中教審高等学校教育部会『審議まとめ(案)』:26年3月)。
 ◆ 高大接続に係る「資質・能力」の検討
 中教審の高大接続特別部会と高等学校教育部会は、教育再生実行会議『第四次提言』(25年10月)も踏まえ、「高大接続特別部会及び高等学校教育部会の検討課題に関する主な論点」(合同会議:25年12月)として次のような点を示し、現在、それぞれ審議を進めている。
 * これからの時代に求められる力を育成するため、基礎的・基本的な知識・技能のみならず「汎用的能力」の育成を高大接続の観点からも目指していくことが必要。
 そのためには、高校教育、大学教育、及びそれらをつなぐ大学入学者選抜において、一体的な方向性の下に改革を行うことが必要。
 * 高校教育・大学教育、大学入学者選抜においては、基礎的・基本的な「知識・技能」に加え、思考力・判断力・表現力等を重視するとともに、「課題解決能力」や「コミュニケーション能力」などの“総合的な能力”を評価していくことが必要。
 また、そのための適切な“評価手法”の開発を、関係者が協力しつつ進めていくことが必要。
 ◎ 今回の『論点整理』では、これからの時代に求められる資質・能力の検討に当たって、前述のような提言や議論の動向も踏まえる必要があるとしている。

 

< 教育課程の改善の方向性 >

 

育成すべき「資質・能力」の洗い出し、可視化

 

 『論点整理』では教育課程の改善について、今後は、育成が求められる資質・能力を洗い出して“可視化”するとともに、それらと各教科等における具体的な教育目標・内容との関係等について学習指導要領に明示する必要があるとしている。
 そのことにより、各教員が学習指導要領や学校における教育課程全体のねらいを適切に理解・実践し、児童生徒に求められる資質・能力を日々の授業で計画的、効果的に育成することができるという。

 

「教育目標・内容」と「学習評価」の一体化

 

 「学習評価」の在り方について、従来は、学習指導要領の改訂後に検討を行うことが一般的であったが、「資質・能力」を効果的に育成するためには、「教育目標・内容」と「学習評価」とをセットにしてその在り方を検討することが重要だとしている。
 そして、育成すべき「資質・能力」に向け、各教科等の「教育目標・内容」と「学習評価」を一体的に捉え、学習指導要領でそれらの関係をより明確にし、関係者に共有されるとともに、各学校の教育課程編成に適切に反映されるようにすることが必要であるという。

 

< 育成すべき 「資質・能力」 >

 

「人格の完成」

 

 『論点整理』は、育成すべき資質・能力の検討に際し、教育基本法を踏まえるならば、求める資質・能力の上位に個人の「人格の完成」を位置付けなければならないとしている。
 あわせて、自立した民主主義社会の担い手として求められる資質・能力の育成は、公教育の普遍的な使命であることに留意して検討する必要があるとしている。
 今後育成すべき資質・能力の枠組みについては、上記のようなことを前提に、諸外国の動向や我が国で検討されている「21世紀型能力」(後述)等を踏まえた検討が必要であるという。

 

「21世紀型能力」

 

 国教研では、今後求められる資質や能力を効果的に育成する観点から、将来の教育課程の編成に寄与する基礎的な資料を得ることを目的に、21年度から「教育課程の編成に関する基礎的研究」を行っている。
 24年度の報告書(『教育課程の編成に関する基礎的研究報告書5』:25年3月)では、「思考力」(問題解決・発見力・創造力/論理的・批判的思考力/メタ認知<自分自身の課題の解決や学習を振り返る。より高い視点から自分自身を認知する>・適応的学習力)を中核に、それを支える「基礎力」(言語スキル/数量スキル/情報スキル)、その使い方を方向付ける「実践力」(自律的活動力/人間関係形成力/社会参画力/持続可能な未来づくりへの責任)といった“三層構造”で構成される「21世紀型能力」を提案している。(図2参照)

 

 

求められる「資質・能力」の検討の観点

 

 『論点整理』は、求められる資質・能力を検討する際、今後の社会の変化も見据えつつ、自立した人間として、他者と協働しながら、新しい価値を創造する力を育成する観点が必要であるとしている。
 例えば、「主体性・自律性に関わる力」「対人関係能力」「他者と協働する力」「課題を解決し、新たな価値を主導・創造する力」「学びに向かう力」「情報活用能力」「グローバル化に対応する力」「地球環境等、持続可能な社会づくりに関わる実践力」「地球的視野・価値観」などを重視する必要があるという。
 また、児童生徒の学習意欲や自立の意識を踏まえると、単なる受け身の教育ではなく、主体性を持って学ぶ力を育てることが重要であり、リーダーシップ、企画力・創造力、意欲や志を引き出す指導についても特に重視する必要があるとしている。加えて、人としての思いやりや優しさ、感性など豊かな人間性に関する普遍的な教育も重要だという。

 

< 教科の教育目標・内容 >

 

 『論点整理』は、現行の学習指導要領に定められている各教科等の「教育目標・内容」を以下の3つの視点で分析した上で、学習指導要領の構造の中で適切に位置付け直したり、その意義を明確に示したりすることについて検討すべきだとしている。
 3つの視点については、相互のつながりを意識しつつ扱うことが重要だという。
 1.教科等を横断する“汎用的なスキル(コンピテンシー)等”に関わるもの
 ➀ 認知的・社会的・情意的な汎用的なスキル等としては、例えば、問題解決/論理的思考/コミュニケーション/チームワークなどの主に認知や社会性に関わる能力/意欲や情動制御などの主に情意に関わる能力などが考えられるとしている。
 ➁ メタ認知(自己調整や内省・批判的思考等を可能にするもの)
 2.教科等の“本質”に関わるもの
 具体的には、その教科等ならではのものの見方・考え方、処理や表現の方法など。
 、各教科等における包括的な「本質的な問い」と、それに答える上で重要となる転移可能な概念やスキル、処理に関わる複雑なプロセス等の形で明確化することなどが考えられるとしている。
 :理科の場合、「エネルギーとは何か。電気とは何か。どのような性質を持っているのか」「実験をどのように計画・実施・報告すればいいのか」といった包括的な教科等の本質に関わる問いに答えるためのものの見方・考え方、処理や表現の方法などが考えられるという。
 3.教科等に“固有の知識や個別スキル”に関わるもの
 教科等に固有の知識や個別スキルの習得も重要であるが、それを単独のものとして捉えるのではなく、教科等の本質や汎用的なスキル等とのつながりを意識しつつ扱うことが重要であり、それを明確化する必要があるとしている。
 :“本質的な問い”に対応するには、“事実的知識”(例えば、小学校理科「電気の働き」の場合:乾電池、豆電球、モーターなど)や“個別的スキル”(例えば、検流計を使う/既定の表に書き込むなど)だけでなく、“転移可能な概念”(例えば、電流、回路、直列・並列など)や、“複雑なプロセス”(例えば、実験を計画する/実験結果を記録し、規則性を見つけるなど)が必要になるという。

 

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< 「資質・能力」 の育成と学習指導要領 >

 

 ここでは、次期「学習指導要領」で改めて注目されるとみられる資質・能力の育成と学習指導要領との関わりについて、これまでの経緯をたどってみる。

 

「新学力観」の導入(平成元年「学習指導要領」:<改正告示>の年を示す。以下、同)

 

 平成時代における「資質・能力」の育成に関わる目標設定は、まず平成元(1989)年告示の学習指導要領に所謂「新学力観」として導入された。
 それは、それまでの“知識・理解重視型学力観”から、「自ら学ぶ意欲の育成や思考力、判断力などの能力の育成に重点を置く」とする学力観に基づく教育への転換であった。
 因みに、この「新学力観」は、次のような答申(提言)を踏まえたものである。
 ①主体的に学ぶ意志や態度、能力、学習の仕方、生き方などの「自己教育力」の概念を提言した中教審『審議経過報告』(昭和58<1983>年11月)/②「人間形成の基礎」として「創造力・思考力・判断力・表現力」の育成重視を提言した臨教審『第二次答申』(昭和61<1986>年4月)/③発達段階に応じた「知識・技能の習得」を通して、「思考力・判断力・表現力などの育成を学校教育の基本に据える」ことを提言した『教課審答申』 (現・中教審教育課程部会。昭和 62<1987>年12 月)。
 平成時代初期の学習指導要領に採用された「新学力観」の考え方はその後、平成10(1998)年代の学習指導要領において「生きる力」という資質・能力に引き継がれることになる。

 

「生きる力」の理念(平成8年「中教審答申」/10年「学習指導要領」)

 

 現在、資質・能力に関わる教育課程の基準として、また、初等中等教育の目指すべき理念として、「生きる力」が学習指導要領に掲げられている。
 この「生きる力」が最初に登場したのは、中教審答申『21世紀を展望した教育の在り方について ~子供に [生きる力] と [ゆとり] を~ (第一次答申)』(平成8<1996>年 7月)である。当答申では、社会の激しい変化を見据えて、いかに社会が変化しようと育成すべき資質・能力の基本として「生きる力」を位置付けている。具体的には、次のような内容で構成されている。
 ●基礎・基本を確実に身に付け、いかに社会が変化しようと、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する資質や能力。
 ● 自らを律しつつ、他人とともに協調し、他人を思いやる心や感動する心。
 ● たくましく生きるための健康や体力。

 この中教審答申は、平成10年(高校は11年)改正告示の「学習指導要領」に、[ゆとり]の中で「生きる力」を育成する教育として盛り込まれ、14年度から実施された完全学校週5日制の下で「総合的な学習の時間」が導入されることになる。
 ところで、当時の中教審答申では、「生きる力」は[ゆとり]の中で育成されるべきだとし、時間的な[ゆとり]の確保とともに、心の[ゆとり]や考える[ゆとり]を確保することが重要であるとしている。(図3参照)
 なお、所謂「ゆとり教育」は、昭和30(1955)年代~40年代にかけての「詰め込み教育」批判に対し、個性尊重、基礎・基本の習得、教育内容の縮減などを盛り込んだ昭和50年代の学習指導要領(ゆとりと充実の学校生活)に盛り込まれている。

 

「確かな学力」観(14年「学びのすすめ」/ 15年「学習指導要領」一部改正:文科省)

 

 14年度からの完全学校週5日制の下、「生きる力」をキャッチフレーズに、小・中学校では学習内容3割削減の学習指導要領が全面実施(高校は15年度から実施)されるのに伴い、当時、「ゆとり教育」に対する学力低下や学習意欲の喪失を懸念する声が高まった。

 

 

 文科省はこうした社会の動きに対し、当時の遠山敦子文科相が「確かな学力の向上のための2002アピール」(「学びのすすめ」:14年1月)を提起し、学習指導要領は“最低基準”(ミニマム・リクワイアメント=学ぶべき最低基準)であり、それ以上の指導・学習もできることを明示した。
 この「学びのすすめ」を踏まえ、15年12月には学習指導要領が一部改正され、「生きる力」を支える所謂「確かな学力」の育成、「総合的な学習の時間」や「習熟度別指導」の充実、「発展的な学習」の導入などが盛り込まれ、教育課程行政の転換が図られた。(図3参照)

 

「生きる力」を継承した現行「学習指導要領」(20年:小・中学校 / 21年:高校)

 

 上述のように、平成10年代は“学力低下”論が喧伝される中で教育について“ゆとり”か“詰め込み”か、といった二項対立的な議論がなされてきた。
 こうした経緯を踏まえ、現行の学習指導要領(小・中学校20年改正告示、小学校23年度、中学校24年度から全面実施/高校21年改正告示、数学・理科24年度から先行実施、25年度から学年進行で全面実施)では、これまでの二項対立的な議論を乗り越えて「生きる力」の育成を学校教育の目標として再確認し、その理念を継承している。

 

< 法令に定められた教育目標 >

 

教育の目標と「生きる力」

 

 「教育基本法」の改正(18<2006>年 12 月)及び、それに伴う「学校教育法」の一部改正(19年6月)によって、「生きる力」の理念は法的にも明確に裏打ちされることになった。
 約60年ぶりに改正された教育基本法は、「生きる力」の理念を踏まえ、幅広い知識と教養、真理を求める態度、豊かな情操と道徳心、健やかな身体といった、所謂「知・徳・体」の調和のとれた発達を基本としつつ、個人の自立、他者や社会との関係、自然や環境との関係などの観点から、21世紀を切り開く心豊かでたくましい日本人の育成を目指す「教育の目標」(第2条)を定めた。

 

「生きる力」と“学力の3要素”

 

 教育基本法の改正を受けて一部改正された学校教育法は、小学校、中学校、高校を通じて、生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、次の点に特に意を用いなければならないとしている。(同法第30条第2項、他)
 ➀ 基礎的な知識及び技能を習得させること。
 ➁ 基礎的な知識及び技能を活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくむこと。
 ➂ 主体的に学習に取り組む態度を養うこと。

 このように、教育基本法と学校教育法によって明確に示された教育の基本理念は、学習指導要領が重視している「生きる力」の育成そのものといえる。
 つまり、学習指導要領では、「生きる力」を支える「確かな学力」「豊かな心」「健やかな体」の調和を重視し、①基礎的・基本的な知識・技能の習得と、②それらを活用する思考力・判断力・表現力等をいわば“車の両輪”として相互に関連させながら伸ばしていくとともに、③学習意欲の向上を図ることを求めている。そして、①、②、③が“学力の3要素”として学校教育法に明確に規定され、学習指導要領の「総則」にも明記されている。(図3参照)

 

「生きる力」は「キー・コンピテンシー」と同根

 

 これまでみてきたように、「生きる力」の理念は比較的早い時期から提唱されており、その考え方はOECDの「キー・コンピテンシー」とも重なるものであり、むしろ「キー・コンピテンシー」の考え方を先取りしたものであるとの認識がある。
 ただ、今回の『論点整理』では、「生きる力」を構成する具体的な資質・能力の具体化や、それらと各教科等の教育目標・内容の関係についての分析がこれまで十分でなく、学習指導要領全体としては教育内容中心のものになっていると指摘している。

 

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<  「生きる力」 の実効化 >

 

育成すべき「資質・能力」と各教科・科目の「目標・内容」

 

 本稿ではここまで、児童生徒の育成すべき資質・能力について、学習指導要領を中心にこれまでの経緯や世界的な潮流などをみてきた。
 これまでの学習指導要領では、各教科・科目の目標・内容が主体的に捉えられがちで、育成すべき資質・能力といった観点はあまり意識されてこなかったようにみられる。
 特に、「生きる力」が学習指導要領(小・中学校10年、高校11年告示)に掲げられ、「総合的な学習の時間」が導入されたものの、当時の“学力低下論”などと相俟って、「生きる力」の理念は学校現場において共通認識として十分に捉えられなかったことが伺える。

 

「コンテンツ・ベース」から、「コンピテンシー・ベース」へ

 

 21世紀に入り、急激な社会状況の変化の中で特に東日本大震災を経験した我々は、これまで経験したことのない難題に立ち向かい、その解決策を見出していかなくてはならない。
 そのためには、現行の学習指導要領の理念でもある“「生きる力」を実効的に獲得する手立て”を明確に打ち出すことが必要だ。
 つまり、学習指導要領の枠組みを、これまでの各教科・科目の「目標・内容」中心の“縦割り”(コンテンツ・ベース)から、各教科・科目の“横断型”の「資質・能力」重視(コンピテンシー・ベース)に変換していくことがポイントになろう。
 その場合、前述した国教研が提案している「21世紀型能力」の考え方などが参考にされるとみられる。(図2参照)

 

「資質・能力」の育成と「知識・技能」の習得

 

 学習指導要領の枠組みを見直すにあたっては、これまでの各教科・科目の「目標・内容」を大幅に改編するのではなく、「育成すべき資質・能力」「習得すべき知識・技能」を明示するとともに、両者が二項対立的に扱われることのないよう留意することが大事だ。
 その際、かつての[ゆとり]の中での「生きる力」の育成(“学力低下論”の喧伝)にみられたような教育現場における認識のズレを生じないようにしなくてはならない。

 

< 求められる 「資質・能力」 重視の大学入試へ >

 

 ところで、中教審の高大接続特別部会は、高大接続の在り方・大学入学者選抜の改善等を『審議経過報告』(26年3月)に取りまとめ(当コラム「今月の視点-89」<26年5月>参照)、現在その意見公募等を踏まえ、さらに検討、議論を進めている。
 26年5月下旬に開催された当特別部会では、現行のセンター試験に替わる「達成度テスト」(仮称。以下、省略)の導入や大学入学者選抜の改善について、概ね次のような論点を整理している。

 

「達成度テスト・発展レベル」の導入

 

 「達成度テスト・発展レベル」は、高校での基礎的な学習の到達度を把握する「達成度テスト・基礎レベル」の構想(中教審高等学校教育部会『審議まとめ(案)』:26年3月。当コラム「今月の視点-89」<26年5月>参照)を踏まえ、これからの大学教育を受けるために必要な「主体的に学び考える力」等の能力を測ることを主な目的に、現行のセンター試験に替わるテストとする。
 当テストの内容は、「知識・技能」に加え、その「活用力」(思考力・判断力・表現力等)や高校生活全般を通じて育成される「汎用的能力」等の測定を重視する。活用力や汎用的能力等を測定する観点から、「合教科・科目型」や「総合型」の導入について検討する。
 「達成度テスト・発展レベル」は出題内容によって、次の“3タイプ”が提起されている。
 ➀ 「合教科・科目型」
 複数の教科、科目にまたがる内容や、複数の教科、科目の学習内容を総合した内容を出題。
 ➁ 「総合型」
 特定の教科、科目の履修を前提とせず、高校における様々な学習の成果として習得される「資料読解力」「言語運用力」「推論・分析力」「数的処理能力」等の能力を測定。
 ➂ 「教科型」
 高校の学習指導要領に定める特定の教科・科目の学習内容の範囲内で、当該教科、科目における「知識・技能」とその「活用力」を測定。

 

“総合型選抜”への転換

 

 学習指導要領と大学入学者選抜との関係については、文科省が毎年各大学等に通知する『大学入学者選抜実施要項』(入試実施のガイドライン)に明記されている。
 入学者選抜の実施に当たっては、学習指導要領の趣旨に則って、次のような事項が規定されている。

 高大接続特別部会は入学者選抜の実施上のルールを踏まえた上で、これからの時代の大学教育を受けるために必要な「主体的に学び考える力」をはじめ、高校で育成された「汎用的能力」「意欲・適性」等を多面的・総合的に評価する“総合型選抜”への転換を求めている。
 また、総合型選抜への転換は、入学者選抜全体について行われるもので、現行における教科型の学力試験主体の「一般入試」、あるいは「推薦入試」「AO入試」といった区分は見直す必要があるとしている。

 

次期「学習指導要領」の枠組みと、入学者選抜の転換

 

 中教審高大接続特別部会では大学入学者選抜について、上記のように高校教育で育成される「汎用的能力」などを多面的・総合的に評価する総合型選抜(丁寧な選抜)への転換を提起している。このことは、前述したような次期「学習指導要領」の枠組みの方向性と基本的に合致するものとみる。
 つまり、学習指導要領の枠組みにしろ、大学入学者選抜にしろ、両者の共通項は、初等中等教育における資質・能力の育成が基礎的・汎用的能力でもある“確かな学力”に支えられた「生きる力」を基盤にしているところにある。

 

< 「学習指導要領」 全体の改訂に向けて >

 

26年秋「諮問」⇒ 28年「答申」⇒ 32年「全面実施」の方向

 

 学習指導要領はこれまで概ね10年ごとに改訂されており、現行の学習指導要領は小・中学校が20年(改正告示)、高校が21年(同)に改訂された。
 しかし、急速に進むグローバル化への対応や2020(平成32)年開催の東京五輪などを視野に、通例より前倒しして26年秋頃、中教審に学習指導要領全体の見直しを「諮問」するようだ。
 中教審では教育課程部会を中心に専門部会等で審議し、28年に「答申」の予定である。その後、32年度からの全面実施を目指して、文科省による学習指導要領の改正告示、教科書の編集・検定・採択等の作業が進められる。

 

次期「学習指導要領」の基本的方向性

 

 今回の教育課程の基準全体の見直しは、幼稚園、小・中学校、高校及び特別支援学校といった学校種ごとに次期「学習指導要領」について検討されるとみられる。
 その際、学習指導要領全体の構造について、本稿でこれまでみてきたように、今後育成すべき「資質・能力」をまず定め、それを育成するために必要な各教科等の「教育目標・内容」及び「学習評価」の在り方を一体的に捉えて見直すとみられる。
 加えて、次のような具体的な項目も検討される模様だ。

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