超少子高齢社会、グローバル化と情報化社会の進展、世界・経済情勢の急激な変容、地球規模で拡大する環境問題など、我々はこれまで先人たちが経験したことのない時代にある。加えて、3・11の東日本大震災と原発事故による未曽有の災厄は、自然科学や科学技術も含め、これまでの既成概念を一変させた。
こうした予測困難な事象にさらされている時代に対応し、未来への活路を切り拓く原動力となる人材の育成は、大学の役割として期待される。
中教審は人材の育成を担う大学に対し、学生への問題解決型の能動的学修の促進、教員と学生との双方向による質の高い授業展開などを求めている。そして、その実現に向け、質を伴った学修時間の実質的な増加・確保、学修成果の把握などの方策を提起している。
なお、大学での“学び”は、大学設置基準に則り「学修」としている。
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中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』(20年12月。以下、『学士課程答申』)では、学士課程教育の改善・充実に係る「学位授与の方針」「教育課程編成・実施の方針」及び「入学者受入れの方針」の“三つの方針”を主体に、学士課程教育と学修成果の質保証への取組を提言している。答申から3年半近くが経ち、この間、提言を踏まえ、制度改正も含めた様々な対応や取組が国と各大学においてなされている。
他方、23年3月11日の東日本大震災後の復旧・復興においては、過去に類を見ないような困難な課題に直面しており、大学への期待が一層高まっている。
上述のような状況の中、中教審大学分科会に23年5月設置された大学教育部会はこれまで、大学教育の質の保証・向上に関する審議を行ってきた。
具体的には、社会や産業の求める人材、及びグローバル化などに対応した大学教育の方向性として、①学士課程教育の実質化(学生の学修時間の確保と学修密度の向上)/②ガバナンスの確立(全学的な教学マネジメントの確立)/③評価制度の見直し(教育研究成果を重視した評価)の3本の柱を立てて議論してきた。
このうち、①の「学士課程教育の実質化」については、前述の『学士課程答申』で学生の学修成果の参考指針として「学士力」(知識・理解/汎用的技能/態度・志向性/総合的な学修経験と創造的思考力)を提起し、学士課程教育の改善と学生の質保証を求めている。
しかし、一部の大学・学部を除き、学生の1日当たりの平均学修時間が大学設置基準から想定される時間(後述)の半分程度であったり、カリキュラムの編成や授業科目が体系的でなく教員の個人的志向(属人的)に委ねられたりしており、学生の質保証への取組は十分とはいえない状況にある。
大学教育部会では大学教育の実態を踏まえ、学士課程教育の質的転換は喫緊の課題であるとしている。そして、学士課程教育の質的転換への“好循環の第一歩”(始点)として、大学に対してまず、「質を伴った学修時間の実質的な増加・確保による主体的な学びの確立」への取組を求めている。
同部会では24年3月下旬、学士課程教育の質的転換を柱に据え、予測困難な時代と大学の責務/学修時間の現状と実質的な増加・確保/学修成果の把握/高校教育と大学教育との円滑な接続/教学マネジメントの確立などを盛り込んだ『予測困難な時代において生涯学び続け、主体的に考える力を育成する大学へ』(以下、『審議まとめ』)を取りまとめた。
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ここでは、『審議まとめ』で提起している、学生の主体的な学修によって学士課程教育の質の転換を図る方策などを中心にまとめた。
◆ 質の高い授業展開
大学において質の高い授業を展開するためには、“事前の準備”(資料の下調べや読書、思考、学生同士の議論など)、“授業の受講”(教員の直接指導、教員と学生、学生同士の対話や意思疎通など)、“事後の展開”(授業内容の確認や理解の深化のための探究、さらなる討論や対話など)、及びインターンシップやサービス・ラーニング(学内の学修と地域のニーズ等を踏まえた社会奉仕活動を組合せた教育プログラム)等の体験活動などを通した主体的な学びに要する“総学修時間の確保”が重要であるとしている。
そのうえで、教員が行う授業は、このような事前の準備、授業の受講、事後の展開といった学修過程全体を形成する“核”であり、学生の興味を引き出し、事前の準備や事後の展開などが適切、有効に行われるように工夫することが求められるという。
◆ 学生の学修時間の現状 ~ 想定基準の約半分 ~
大学では、授業科目の「単位」と「学修時間」との関係、「授業期間」などについて、次のように大学設置基準によって規定されている。
大学における授業科目の単位数は各大学で定めるが、その際、「1単位」は上記の大学設置基準第21条で規定されているように、“授業前後の主体的な学び”を含めて「45時間の学修」を要する内容で構成することが標準とされている。
◎ 大学設置基準から想定される学修量 ~1日約8時間 ~
ところで、所謂、予習・復習、及び授業(講義)を含めて「1単位」=「45時間の学修」は、1日当たりどのくらいの学修時間なのか。以下に、試算してみよう。
大学設置基準が規定する「1単位」の学修量は、上記の枠内に示したように、卒業要件を原則として4年以上の在学と124単位以上の修得であることを踏まえると、「1日当たりの総学修時間は“8時間程度”」であることが想定される。
しかし、実際には、我が国の学生の学修時間はその約半分の1日“4.6時間”との調査結果もあり、これはアメリカの大学生と比較しても少ないという。(図1参照)
また、日本、アメリカそれぞれの調査によれば、大学での授業時間を除いた1週間当たりの「授業に関連する学修時間」(予習・復習など)でもアメリカとの差は大きいという。アメリカの大学1年生の58.4%が週“11~15時間”を学修時間に充てているのに対し、日本では1年生の57.1%が週“1~5時間”しか学修時間に充てていない。(図2参照)
『審議まとめ』では、学生の主体的な学びの確立に向けた“好循環のための始点”として、十分な質を伴った学修時間の実質的な増加と確保を挙げている。学修時間に着目するのは、以下の理由からであるという。
1.学生が主体的に授業についての事前の準備、授業の受講、事後の展開といった学修過程に一定時間取り組むことで「単位」を授与し、そうした学修経験を組織的、体系的に深めることで「学位」を授与するというのが大学制度である。大学における学修時間は、“学修の量だけではなく、質を伴う”ものであることが前提となっている。
つまり、各大学の学士課程教育の基本的な目標の達成状況は、学修時間について、
① 学士課程教育に求められる学修の質が伴うように確保されているか、
② その大学の重視する教育に関する機能に照らして適切な設定となっているか、
③ 大学や教員の組織的な責任体制がその確保に対応しているか、
といった点に示される。
2.学修時間は、様々な学士課程教育の改善の手法の中でも、大学ごとの学士課程教育の内容・方法の自律性や多様性の確保を妨げることなく、大学間の制度的な共通性を前提にした学士課程教育の質的転換の始点として活用しやすい。
3.世界的にも学士課程教育の質の保証が課題になっている中で、我が国の学士課程教育における基本的な学修時間の確保は、国際的な信頼の源泉として不可欠である。
学士課程教育の質的転換への好循環のためには、質を伴った学修時間の実質的な増加・確保が以下の諸方策と連動していることが必要であるとしている。
◆ 「カリキュラム」の体系化
大学、学部、学科の教育課程(カリキュラム)が全体としてどのような能力を育成し、どのような知識、技術、技能を修得させようとしているか。
そのために個々の授業科目がどのように連携し関連しあうかが、あらかじめ明示されることが必要である。
◆ 組織的な教育の実施
体系的な教育課程に基づいて、教員間の連携と協力による組織的教育が行われること。大学の授業(授業科目)はこれまで、個々の教員の責任に委ねられ、教員の専門性にひきつけた授業科目の設定が行われがちであった。
しかし、学士課程教育の質的転換のためには、教員全体の主体的な参画による教育課程の体系化とともに、授業内容やその実施に関わる教員の組織的な取組が必要である。
◆ 「授業計画」(シラバス)の充実
学生に事前に提示する「授業計画」(シラバス)は、単なる「講義概要」(コースカタログ)に留めず、授業のための事前の準備や事後の展開などの指針、他の授業科目との関連性等の記述を含み、“授業の工程表”として機能するように作成することが必要である。
『審議まとめ』では、学士課程の質的転換が好循環で回るためには、学修(事前準備、授業、事後展開)の核となる授業を担う教員がその重要性を自覚し、個々の授業をさらに進化させることが重要であると指摘している。
そのための方策として以下のような、学生の学修成果の把握(学修到達度の測定)/授業科目の整理・統合、連携(授業科目のナンバリング)/大学情報の積極的発信(「大学ポートレート(仮称)」の早期整備)などを挙げている。
また、これらの方策は、学内の学士課程教育の改革サイクルを確立するうえでも重要であるという。
『審議まとめ』は、学生の「学修成果の把握」について、「アセスメントテスト」(学修成果の測定・把握のための調査)、「学修行動調査」(複数の大学・学生を対象に共通の質問項目で学生の行動や満足度をアンケート調査)、「ルーブリック」(学修評価の基準の作成方法)の活用などを例示している。
◆ アセスメントテスト
アセスメントテストは、学修成果の測定・把握の手段の一つであるが、学生個人の能力判定を主目的とするものではないとみる。例えば、大学の機能や特色などで類型的に設計された「共通テスト」を学生に受けてもらい、大学の学生に対する教育成果(教育力)を“可視化”させ、その結果を学士課程教育の自己点検・評価や改革サイクルにつなげるものといえる。
具体的には、大学内で抽出された学生を対象に、同じ学生による入学後の低学年と卒業前の高学年の2度にわたるテストの成績推移(伸び代)等で大学の教育成果を把握する。こうした点から、当テストは“成長度テスト”などともいわれている。
また、学修成果を踏まえた学士課程教育の改革サイクルが適切に機能しているかどうかなど、学修成果を重視した大学の「認証評価」の在り方についても検討されている。
◆ 学修成果と大学評価
学修成果は、「ラ-ニング・アウトカム」ともいわれ、学生が入学から卒業までに身に付けた知識、技能、能力などの成果である。そのため、学修成果は、社会や企業などから、大学を評価する(「出口管理」の評価)要素の一つとして捉えられがちである。
これに対し、“学修成果”は、大学の“教育成果”を100%反映しているのかという見方も一部にある。学生の学修成果の形成には、大学が提供する教育の質や量が大きく関わっているといえるが、それだけではなく、学外での学修経験も大きな要素だ。前述した授業科目の「単位」の構成をみても、授業の受講だけでなく、学生の主体的な学びに要する多くの時間を内在している。
つまり、大学(教員)の直接的な教育指導の提供が難しく(及びにくい)、学生個人の意欲や能力に委ねられる“学外での学修”を少なからず内在する“学修成果”の結果のみで、大学の“教育成果”(「出口管理」)を全面的に評価することは難しいということなのだろう。
しかし、大学の「教育力」は大学の内外を問わず、学生の学修意欲を高め、より広範な深化した付加価値を学生に修得させることであるといえる。
『審議まとめ』ではカリキュラム編成を体系化する方策として、授業科目を整理・統合、連携させ、授業科目に番号を付す「ナンバリング」を挙げている。教員の個人的志向に委ねられ、雑多に配置されている属人的な授業科目について、授業科目のナンバリングは、入学から卒業までの授業の位置づけ(教養や専門など)と段階(レベルなど)を学生に明確に提示する。
具体的には、授業科目に例えば、基礎・入門レベルには100番台、中級レベル200番台、応用・専門レベル300番台といった番号を付して分類することで、学修の段階や順序が整理され、カリキュラムの体系性が明示される。
授業科目のナンバリングは、学内における授業科目の分類や系統化だけでなく、複数大学間での授業科目の共通分類も可能となり、海外大学も含めた単位互換等にも有効である。
全ての大学等は23年度から、入学者数や卒業者数、就職・進学者数、授業料、教員の業績、授業科目・方法等、法令(学校教育法施行規則)で規定された9項目の「教育情報の公表」が義務づけられているほか、学生の修得すべき知識・能力の情報も積極的に公表すべきとされている。
文科省の協力者会議は、こうした大学等の「教育情報の公表」の義務化に伴い、国・公・私立大(短大含む)の情報(データ類)を“一元化”して、社会に分かりやすく発信していく仕組みとして「大学ポートレート(仮称)」を構想した『大学における教育情報の活用・公表に関する中間まとめ』(23年8月)を報告している。
「大学ポートレート(仮称)」の重要な役割の一つは、保護者、受験生、高校生、企業、高校等が、各大学の機能別分化に応じた教育への取組、成果などの情報を知ることで、合格難易度(偏差値)によるランキングなどとは異なる実態に即した確かな大学像が共有できるようになることであるとしている。また、「大学ポートレート(仮称)」の整備により、大学が教育情報を用いて自校の教育活動状況を把握・分析し、改革サイクルにつなげたり、各大学の多様な教育活動を国内外に分かりやすく発信したり、各大学の情報提供の業務負担軽減につなげたりする効果も見込まれている。
「大学ポートレート(仮称)」は“大学コミュニティによる自律的運営”を前提にしており、独立行政法人「大学評価・学位授与機構」に設置(24年2月)された「大学ポートレート(仮称)準備委員会」において、運用に向けた準備が進められている。
大学教育部会では、『審議まとめ』に関連して今後検討すべき課題として、次のようなテーマを挙げている。
・各大学における学生の学修実態の把握
・大学における個々の授業において、質を伴った学修時間を実質的に増加・確保させるために必要な方法や施策の基本的方向性
・教員の教育力向上のための具体的な方法や施策の基本的方向性
・学修成果の達成度の把握やこれを重視した認証評価の在り方
・全学的な教学マネジメントの在り方
同部会では現在、『審議まとめ』についての今後の審議の参考にパブリック・コメントを実施しており(24年4月4日~24年6月30日)、上記のような課題を中心に引き続き審議し、今夏を目途に答申する予定だという。
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ところで、小・中・高校(初等中等教育)における教育、及び学力の習得については、「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と、学校教育法(第30条第2項:小学校/中学・高校にも準用)に規定されている。
こうした規定を踏まえ、今回の新学習指導要領(小学校23年度、中学校24年度から全面実施。高校数学・理科は24年度から先行実施、他教科は25年度から学年進行で実施)では、「生きる力」(確かな学力/豊かな心/健やかな体)をはぐくむこれまでの教育の基本理念を継承するとともに、“学力の重要な要素”として、①基礎的・基本的な知識・技能の習得/②知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力等/③主体的に学習に取り組む態度、といった3点を掲げている。(図3参照)
上述のような高校までの学習活動を通じて培われる学力の要素は、大学での学修の基盤になるとともに、「生きる力」の要素についても、『学士課程答申』で提言された「学士力」(知識・理解/汎用的能力/態度・志向性/総合的な学修経験と創造的思考力)につながるものである。
つまり、大学生には高校までの学習(学習指導要領に則った受動的な学び →“教わる”)から脱却し、自らが必要とする授業科目(学問分野等)を主体的に学修する(能動的に“学び、修める”)といった、「学びの質的転換」への自覚が求められる。(図3参照)
大学側には、高校までの初等中等教育と大学での高等教育とを分断させることなく円滑に接続させるとともに、前述したような学生の「学びの質的転換」を促すような授業展開が求められる。そのためには、高大接続で重要な要素である「入学者受入れの方針」(アドミッション・ポリシー)の明確な提示とともに、入試制度の改善・改革が必須だ。
大学入試についてはこれまで、折々の社会の要請や受験環境の変容などに伴い、中教審や旧大学審の提言等に基づいて、螺旋階段を上るように何度も改善・改革されて現在に至っている。
そして、高校の“準義務教育化”(23年度高校進学率=98.2%)と“多様化”が進んだ現在、18歳人口の5割強が大学に進学し(23年度大学進学率=51.0%:大学教育の“ユニバーサル”段階)、一部の大学・学部を除いて大学受験生の9割強が入学する所謂“全入”時代(23年度大学「収容力」=90.8%)を迎え、大学入試はさらなる改革に迫られている。
他方、冒頭でも触れたように社会情勢は急激に変化しており、これまで経験したことのない予測困難な時代にあって、学生には答えの見えない複雑な課題に立ち向かって活路を見出し、将来に向け“生き抜く力”を身に付けていかなくてはならない。
「高大接続」は、これまでのような大学入試に依拠した入試科目(センター試験も含む)に対する一面的な受験学力のみを“集団準拠”型テストで測る(選抜する)だけでなく、「高大接続テスト(仮称)」(学習到達度を測る“目標準拠”型テスト。文科省委託の協議・研究会が22年9月に構想を報告)などを活用して学校での学習成果を把握・評価したり、多面的な学力を評価したりすることも必要である。
多面的な学力評価の観点としては、 例えば、OECD(経済協力開発機構)がグローバル社会に対応するための“キー・コンピテンシー”(『コンピテンシーの定義と選択』として2003年に最終報告:PISA型能力 → PISA調査<「生徒の学習到達度調査」>の基本概念)として例示している3つのカテゴリー、①言語などの文化的なツールやICTなどの物理的なツールを相互作用的に活用する力(個人と社会との相互関係)/②異質な集団で交流する力(自己と他者との相互関係)/③自律的に活動する力(個人の自律性と主体性)、といった主要能力などが挙げられる。
つまり「高大接続」は、従来のような入試(入学者選抜)を主体とする“選抜機能”だけでなく、高校教育と大学教育を円滑に接続する“教育機能”としての役割が重要である。
こうした「高大接続」に直結する入試の改善・改革は、学生の「学びの質的転換」の推進力につながる。(図3参照)