法科大学院は、社会のありようが“事前規制”型から、“事後チェック・救済”型へといった「規制緩和」の流れの中で、法曹(弁護士・裁判官・検察官)の量的拡大と質的充実を図るために、司法試験改革などとともに司法制度改革の一環として16年度に創設された。
創設から7年経過したが、修了者の新司法試験合格率は初回(18年)の48.3%を最高に毎回低下し、23年は過去最低の23.5%。合格者数も前年より11人減の2,063人に留まった。
23年は「法学未修者コース」第1期生にとって、修了後「5年以内3回受験」の“最後の受験機会”であったが、“受験資格喪失”となった修了者は集計上、6割に及ぶ。
法学未修者も受け入れて多様な人材を養成し、新司法試験合格率7~8割、合格者数年間3,000人などと謳った法科大学院の創設理念や目標とは、ほど遠い状況だ。
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法科大学院は、グローバル化による国際的な市場原理(自由経済競争)も含めた「規制緩和」の“セーフティーネット”として、弁護士・裁判官・検察官といった法曹の需要増大や司法の多様化・高度化などが一層進むと想定され、法曹の量的拡大と質的充実を図るため16(2004)年度から開設された。
それまでの法曹養成制度では、旧司法試験合格率2~3%程度(16・17年の合格者数それぞれ約1,500人)という超難関試験に対する法学部生の塾・予備校通い(ダブルスクール化)にみるように、法学部における法学教育と法曹養成の問題、あるいは質を維持しつつ法曹人口の大幅な増加を図ることの難しさなどが指摘されていた。
そこで、「司法試験という“点”のみによる選抜ではなく、法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた“プロセス”」としての法曹養成制度を整備するために、法曹養成に特化した教育を行う「専門職大学院」として法科大学院が創設されたのである。
法科大学院には、豊かな人間性や感受性、幅広い教養と専門的知識、柔軟な思考力等の基本的資質を備えた法曹を養成すべく、法学以外の分野を学んだ者や社会人等を幅広く受け入れ、多様なバックグラウンドをもつ法曹人材を輩出していくことが求められている。
法科大学院創設のこうした基本理念に加え、当時の司法制度改革審議会(11<1999>年7月~13年7月)の『意見書』(13年6月)では、法曹人口の拡大として「22年頃には新司法試験合格者数を年間3,000人」、法科大学院の教育内容・方法、成績評価、修了認定等について「修了者の新司法試験合格率を7~8割」などを提唱していた。
法科大学院は16年度に68校(当初の保留2校含む)で開設されたが、翌17年度には国立23校、公立2校、私立49校の計74校にのぼり、現在に至っている。
なお、23年度から私立1校が募集停止となったほか、25年度からは私立2校による統合で1校が募集停止となる。
法科大学院がスタートした16年度から23年度までの入試状況を概観してみよう。
法科大学院の入学定員は、創設時の16年度が5,590人、17年度~19年度まで5,825人、20年度5,795人、21年度5,765人と、21年度まで5,000人台後半で推移してきた。
しかし、中教審の法科大学院特別委員会(以下、法科特別委)の『法科大学院教育の質の向上のための改善方策について』(21年4月。以下、『改善方策』:後述)の指摘等を受け、多くの法科大学院で定員(募集人員)の削減が行われた。その結果、22年度は21年度に比べ856人(14.8%)減の4,909人と、初めて5,000人台を割った。
さらに、23年度は募集停止(1校)が出たことなどから22年度より338人(6.9%)減の4,571人となり、19年度~23年度の4年間で1,254人(21.5%)の減員となった。この間、全ての法科大学院(延べ79校)が入学定員の見直しを行っている。
なお、24年度の入学定員は、4,493人(検討中は23年度定員数を集計。23年9月現在)予定されている。
法科大学院の志願者数は、創設された16年度(68校)の7万2,800人を最高に、17年度(22年度まで74校)~19年度が4万人台、20年度4万人割れ、21年度3万人割れ、22年度約2万4,000人、23年度(73校)約2万3,000人と、志願者減の傾向にある。
平均の志願倍率(志願者数÷募集人員)も16年度の13.0倍を最高として、17年度~20年度は7倍前後、21年度~23年度は5倍前後で推移している。
また、競争倍率(受験者数÷合格者数)も低く、最近の倍率は21年度2.81倍、22年度2.74倍、23年度2.88倍である。ただ、「相応の競争原理がはたらき、適正な入学者選抜が確保できる」と考えられる最低限の“競争倍率2倍”に満たない法科大学院は21年度には74校中42校、22年度40校であったが、23年度(73校中)は19校に減っている。
入学者数は、16年度~19年度まで、17年度の約5,500人を除き5,700人台、20年度約5,400人、21・22年度4,000人台、23年度約3,600人と、減少傾向にある。
特に、多様な人材養成を目指す「法学未修者コース」(3年制。以下、未修者コース)の入学者の減少が目立つ。当コースの入学者は、18年度の3,605人(全入学者の62.3%)をピークに毎年減少し、23年度は1,705人(同47.1%)で、「法学既修者コース」(2年制。以下、既修者コース)の1,915人(同52.9%)を16年度創設以来、初めて下回った。(図1参照)
新司法試験のこれまでの受験・合格状況をみると、受験者数は増加しているが、合格者数の停滞状態と合格率の低下が目立つ。(表2、図2参照)
受験者数は、既修者コースのみの受験となった18年(第1回)は2,091人であったが、未修者コースも加わった19年には18年の2.2倍に当たる4,607人となり、以降、年々増加して23年には8,765人に達している。
23年の受験者8,765人のうち、既修者コースが3,337人(38.1%)、未修者コースが5,428人(61.9%)で、未修者コースの受験は既修者コースの約1.6倍である。
新司法試験の合格者数は18年の1,009人から20年の2,065人まで増加したが、21年は前年より22人減の2,043人に減少。22年は再びやや増加して2,074人であったが、23年は前年より11人減の2,063人となった。合格者2,063人のうち、既修者コースが1,182人(占有率57.3%)、未修者コースが881人(同42.7%)である。ただ、未修者コースの合格者881人のうち、法学部出身者でありながら3年制の未修者コースで修了した所謂“隠れ既修者”は621人で、未修者コース合格者の70.5%に及ぶ。
合格率は、受験者増と合格者数の停滞状態を反映して、18年(第1回。既修者コースのみ)の48.3%を最高に年々低下し、23年は23.5%まで低下して過去最低を更新。23年の既修者コースの合格率は35.4%、未修者コースの合格率は16.2%で、未修者コースの合格率は既修者コースの半分以下である。
合格者数・合格率とも、法科大学院創設当時の政府の目標値である「22年頃には新司法試験合格者数を年間3,000人、新司法試験合格率を7~8割」には、ほど遠い状況にある。
新司法試験の受験については、法科大学院修了後、「最初の4月1日から5年の期間内に3回の範囲内で受験すること」が規定されている。
そのため、23年新司法試験は、16年度入学の「法学未修者コース」(3年制)第1期生、及び17年度入学の「法学既修者コース」(2年制)第2期生による「18年度修了者」にとって、“最後の受験機会”であった。
そこで、「18年度修了者」4,415人(未修者コース2,563人/既修者コース1,852人<16年度入学の留年・休学等含む>)の新司法試験の5年にわたる合格状況をみてみよう。
(1)「18年度修了者」の合格者数・合格率
「18年度修了者」が最初に受験した19年新司法試験の合格者数は1,455人(受験者3,704人に対する合格率39.3%)で、既修者コース819人(合格率47.1%)、未修者コース636人(同32.3%)であった。20年の合格者数は500人で、前年の3分の1に激減。以降、合格者数は毎年激減し、23年までの合格者数の累計は2,188人(未修者コース1,012人/既修者コース1,176人)である。「18年度修了者」4,415人のうち、5回の新司法試験で合格を果たせたのは結局、5割弱である。(表1、図3参照)
(2)「受験資格」の“喪失”
法科大学院「18年度修了者」4,415人のうち、受験制限内で新司法試験の合格を果たした者は上記のように2,188人で、残りの2,227人は集計上、新司法試験の「受験資格」を“喪失”したことになる。つまり、修了者に対する「受験資格喪失率」は50.4%に達する。特に未修者コースは喪失者累計1,551人となり、喪失率は60.5%に及ぶ。(表1、図3参照)
ただ、ここでの喪失者には、法科大学院修了2年前の旧司法試験との受験制限(5年期間内に3回)内での所謂“三振者”(3回受験して全て不合格)のほか、 新司法試験を規定回数まで受験しなかった者やまったく受験者しなかった者、あるいは物故者なども含まれる。
ところで、18年度修了者の三振者は、19年新司法試験(以下、試験)=3人 → 20年試験=55人 → 21年試験=449人 → 22年試験=222人で、19年~22年の4回の試験における三振者(受験資格喪失者)の累計は729人に及ぶ。
いずれにしろ、上記(1)、(2)の試験結果から、法学未修者(隠れ既修者も含む)が標準修業年限3年の教育カリキュラムで新司法試験に合格することの難しさが見て取れる。
23年まで新司法試験と併行して実施されてきた旧司法試験(23年は22年の第二次試験筆記試験合格者に対する口述試験に限り実施)が廃止されたのを受け、司法試験受験の資格が得られる「司法試験予備試験」(以下、司法予備試験)が23年から実施されている。
司法予備試験は、経済的事情や既に実社会で十分な法律に関する実務を積んでいるなどの理由により法科大学院を経由しない者にも法曹資格を取得する途を開くために設けられた、いわば法科大学院の“例外的ルート”に当たる。そのため、司法予備試験は司法試験受験のための資格試験であり、その合格者は法科大学院修了者と同じ資格で司法試験を受験することができる。司法予備試験には学歴や年齢などの受験制限はないが、当試験合格者による司法試験の受験については、法科大学院修了者と同様の受験制限が適用される。
23年の司法予備試験は既に一部実施されており、5月の短答式試験の受験生は6,477人に達した。司法予備試験の受験生像としては、法科大学院修了者でありながら司法試験の「受験資格喪失者」(三振者含む)のほか、法科大学院生(現役生)、一般学生、社会人などが想定される。第1回「司法予備試験」の最終的な合格発表は23年11月10日が予定されているが、本来の設立趣旨に沿った結果になるのか、法科大学院の所謂“バイパスルート”になるのか。今後の展開が注目される。
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本稿ではここまで、創設から7年経過した法科大学院入試の現状、及び新司法試験結果のそれぞれ概況をみてきた。それらをみる限りにおいても、一部の法科大学院を除き、法科大学院の低迷ぶりと、特に法学未修者の法曹への途の険しさがうかがえる。
法科大学院の実態を踏まえ、中教審の法科特別委は21年4月、『改善方策』において、「入学者の質と多様性の確保」について次のような提言を示している。
(1)入学定員の見直しなどにより、入学者選抜における競争的な環境(競争倍率2倍以上)を確保。/(2)適性試験の改善と総受験者の下位から15%程度の人数を目安とした統一入学最低基準の設定。/(3)法学既修者認定の統一的運用による厳格化。/(4)夜間コースや長期履修コースの拡充などによる社会人のアクセスしやすい環境の整備。
法科特別委のワ-キング・グループ(以下、WG)は上記の提言を踏まえ、これまでに各法科大学院の教育の改善状況についての調査(書面調査、ヒアリング調査)を実施し、各校の改善取組を加速させるよう促進している。
当WGでは、24年度入試に向けた喫緊の課題として、23年度入試の結果を踏まえ、入学者の質の確保の観点から課題があるとみられる法科大学院に対して、23年6月以降、「競争性の確保」や「適性試験の活用の在り方」などに関する取組について調査し、この程、その結果を公表した。
(1) 競争性の確保
「競争性の確保」についての取組については、競争倍率“2倍未満”が22年度入試=40校 → 23年度入試=19校となり、全体として相当程度改善が図られていると評価。改善を図った法科大学院の中には、これまでのWGの指摘を踏まえ、結果として大幅な入学定員割れになるとしても、入学者の質の確保を最優先した法科大学院も少なからずみられたという。
一方、依然として定員充足等を優先するあまり、複数年にわたり改善がみられない法科大学院や、前年度よりもさらに「競争倍率」を下げている法科大学院もあるという。
(2) 適性試験の活用
法科大学院の入学志願者は、入学判定に資するための「適性試験」の受験が義務づけられている。ただ、適性試験の活用の仕方などについては、各法科大学に任されている。
今回のWGの調査によると、23年度入試において、「適性試験最低基準点」を設定した法科大学院は27校で、そのほとんどが「全国の総受験者の下位から15%の者が属する点数又はそれを上回る点数」を基準点としているという。また、「適性試験最低基準点」の設定までには至っていないものの、「適性試験の点数が著しく低い者」は不合格としている法科大学院も少なくなく、全体で54校の法科大学院では、結果として“下位15%未満”の者を合格させていないという。その一方で、“下位15%未満”という著しく低い点数の者を合格させた法科大学院が19校もあり、中にはそうした者を10人以上合格させた法科大学院が複数あったという。
なお、適性試験は22年まで、大学入試センターと日弁連法務研究財団が実施する2種類あったが、23年以降は法科大学院協会や日弁連法務研究財団等の適性試験管理委員会が実施する「法科大学院全国統一適性試験」に1本化された。
法科特別委は22年3月、深刻な課題を抱えながら改善が進んでいない法科大学院について、文科省に対し財政的支援の見直しや人的支援の中止などの措置を早急に検討すべきであるとする「公的支援の見直し」を提言した。この提言は、法科大学院の再編等(統廃合含む)も視野に、各校の自主的・自律的な組織の見直しを促進する狙いがある。
文科省は法科特別委の提言を受けて22年9月、次のような指標を設け、24年度予算から交付金(国立大)と補助金(私立大)の減額措置を講じることを提示した。
23年度の法科大学院入試、及び23年新司法試験の結果により、上記の指標に抵触する法科大学院は、私立6校に及ぶという。
法科特別委では、今回の支援見直しの対象校となった法科大学院には課題の認識と解消のため早急な改善取組を求めるとともに、各法科大学院に対しても、質の高い修了者を輩出する責務の重要性を訴え、厳しい現状の認識と強い危機意識をもって、入学定員の削減や組織の見直しの取組などを求める「座長談話」を提示している(23年9月)。
法科特別委のWGは今回の調査で、多くの法科大学院から、入学者の質の確保の重要性を認識し、24年度以降の入試において、「競争倍率“2倍以上”」の確保や「適性試験最低基準点」の設定に取り組んでいくことが表明されたという。
その一方で、ごく一部であるが、全国的な新司法試験合格率の低迷や法科大学院志願者数の減少といった状況の中で、個々の法科大学院の努力には限界があり、24年度以降の入試でも、前述した法科特別委の『改善方策』に提示されたような改善取組を行うことは難しいとする法科大学院もあったという。
WGは、こうした一部とはいえ問題意識の低さが法科大学院全般、さらにはそれを中核とする新たな法曹養成制度全体の信頼性を失わせることにつながりかねないと断じている。そして、法曹養成制度全体として取り組まなければならない課題があることは確かだとしつつ、個々の法科大学院として、質の高い修了者を輩出していく責務を放棄できるものではなく、入口である入試で入学者の質を確保することは極めて重要であり、24年度入試における各法科大学院のさらなる改善取組を期待したいとしている。
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法科大学院全体における入試や新司法試験のデータを中心にした検証では、所期の創設理念や目標に必ずしも十分に応えていない現状が浮き彫りになっている。
しかし、例えば新司法試験の非法学部出身の合格者数及び合格者占有率をみると、最近は減少傾向にあるものの、旧司法試験のそれらに比べて18年を除き上回っており、法科大学院の理念に沿った教育成果を示す側面もうかがえる。
なお、18年の新司法試験は法科大学院の「既修者コース」修了者(主に法学部出身者)のみによる実施であったため、非法学部出身の合格者は少なかった。(図4参照)
また、個々の法科大学院をみれば、従来の「理論」中心の法学部教育とは異なる「理論と実務の架橋」に視点を置く法科大学院教育の役割を十分果たしつつ、新司法試験についても成果を上げている法科大学院も少なくない。
つまり、法科大学院の役割や成果が、全ての法科大学院において低迷しているわけでは決してない。
ところで、法科大学院は、グローバル化の進展や規制緩和による社会・経済の変貌に伴い、法曹の量的増大と質的な多様化・高度化の一層の高まりが想定される中で、それらに応える法曹養成制度の中核として創設された。
しかし、現状は国際的な経済不安と国内企業の長引く業績不振などから、想定されたほどの法曹の量的な需要は見込まれず、また、国際的かつ多様な法務の拡大もさほど進展せず、法曹有資格者の社会進出はあまり進んでいない。
特に弁護士については、旧司法試験に比べて新司法試験の合格者数が増えたことなどから、弁護士数は16年の約2万人から22年の約2万8,000人余りと、6年間で1.4倍に増えている。その一方で、弁護士需要の低迷に加え、都市部と地方との需要の格差などから、「法科大学院 → 新司法試験 → 司法修習」といった一連の法曹養成を終了した後、就職先が決まらず、法律事務所も開けない弁護士も少なくないという。
裁判員制度など、司法と国民との関わりが深まっている今、法科大学院は社会の信頼を得て社会に根ざした法曹養成を行っていくことは今後とも必要である。その上で、政府や法曹関係機関には、法曹人口の8割以上を占める弁護士など、法曹有資格者の活動領域を積極的に開拓していくなどの方策が求められよう。
他方、社会も法化社会における司法の担い手である法曹の養成を支援し、法曹有資格者を様々な分野で受け入れていくことが大事だ。