昨今の厳しい雇用情勢に加え、実践的な人材育成の変化、学生の多様な職業教育ニーズ、職業観・勤労観の希薄化など、大学は今、学生の社会・職業への円滑な移行に関して様々な課題を抱えている。
こうした現状を踏まえ、大学・短大が教育課程の内外を通じて学生の社会的・職業的自立に向けた指導等(キャリアガイダンス)に取り組むよう、文科省はこの程、大学及び短大の設置基準を改正してキャリアガイダンスの実施を法令上、明確にした。この規定は、23年度から施行される。
ここでは、大学の役割と学生への自立支援などについて取り上げた。
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大学は、「学術の中心として、高い教養と専門的能力を培うとともに、深く真理を探究して新たな知見を創造し、これらの成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与する」(教育基本法第7条第1項)ことを基本的な役割としている。
つまり大学は、「教育」(知の伝承、人材育成)/「研究」(知の創造)/「社会貢献」(教育研究成果の社会への還元)といった、3つの使命を帯びている。
大学はこうした役割・使命のもと、幅広い職業人や高度専門職業人を養成し、社会に輩出する役割を担っている。大学は上記の使命を一律に等しく果たしているわけではなく、それぞれの大学の理念や建学の精神、特色などに応じて、機能別に緩やかに分化しつつあるといえる。また、同じ大学でも学部や学科などによって、その役割や機能は異なる。
大学における人材育成は大学や学部(学科)の機能別分化と密接に関係している。大学(学部)は自校(自学部)の役割や機能と育成する人材像とを明確にするとともに、それらを学生や入学志望者に分かりやすく提示していくことが大事だ。
大学における人材育成の観点に立てば、一般教育はもとより、専門教育(専門分野)と職業との関係を主体的に捉えた「職業教育」への期待は大きい。職業教育は、一定の職業に就くために必要な知識、技能、態度等を培う教育であり、専門的な知識、技能の単なる修得ではない。
この職業教育に対する質の確保は、それぞれの学位(学士、修士、博士、専門職学位等)プロブラムにおける質保証の一環として達成されるものであろう。
ところで、実学(実務)的な分野、例えば医療、看護、保健、教員養成、工学などでは、教育課程とそれぞれの職業との結びつきが比較的明確である。しかし、人文・社会科学系や自然科学系の一部の分野では、専門教育(分野)と職業との関係が必ずしも明確ではない。このため、学生の職業観や勤労観には、専攻する専門分野によってかなりの隔たり(温度差)がみられる。したがって、職業との結びつきが比較的弱い専門分野では、より一層の職業教育の充実が求められる。
平成初期(1990 年代初期)までの経済の比較的安定した成長期においては、高校や大学(短大)から企業(職業)への移行は概して円滑に行われていたといえる。
この時代の大学は、18 歳人口の増加、進学率の上昇、景気の好調さなどに裏打ちされ、大学主導の“売り手市場”であった。大学では「入学者選抜」(入試)がその機能(基礎学力の把握と選抜)を果たし、大学の入口管理は保障されていた。そのため、大学・学部(学科)では、一般教育やそれぞれの職業で必要となる専門教育を中心に入学者(学生)の人材育成にあたり、社会や企業に輩出していた。
企業は送り込まれてきた新卒者に対し、企業内教育や研修など、実践的な人材育成を行ってきた。大学と企業は、それぞれの人材育成における役割が一定程度棲み分けられていて、そのうえで、両者は円滑につながっていたといえる。
平成初期のバブル経済崩壊後から現在まで、多少の景気回復はあったものの経済成長は概して低調で、少子・高齢化と18 歳人口の減少が一段と進み、社会情勢は成長型から成熟型へと移行し、大学を取り巻く環境も一変した。
企業にあっては経済成長の低迷で、非正社員の増加とともに、従来のような企業内での職業能力の育成は後退し、代わって実践的な職業教育や人材育成を大学等に求めるようになった。特に、20 年秋のリーマン・ショックに端を発した未曾有の経済危機は、学生の就職環境や雇用情勢を一段と悪化させ、大学や学生にも多大な影響を及ぼしている。
一方、大学は18 歳人口の急激な減少と相反する大学の量的拡大によって、言わば受験生主導の“買い手市場”へと180 度変わった。
その結果、私立大では4 割以上が入学定員割れになるなど、選抜機能を十分果たしている有力大学・学部を除き、入口管理の機能は低下している。このため、入学者に大学で必要とされる普遍的な基礎学力(知識・技能)を求めることが難しくなっていたり、入学先の専門分野や将来の進路に対する意識も希薄であったりと、入学者の能力やキャリア形成の意識も低下している。
企業は低成長とグローバル化のもと、国内外の経済競争に打ち向かうために雇用システムの見直し(終身雇用・長期雇用の見直しや非正規雇用の増加など)や生産性向上、コスト削減などを追求する中で、これまで企業内で行われていた実践的な職業能力の育成への投資を抑え、それらを大学などに求めるようになった。
大学には、こうした企業の求める様々な職業能力ニーズや多様な学生の職業教育への対応など、これまで以上に質の保証も含め職業教育の充実が求められるようになった。
また、景気低迷と学生の能力・意識の低下などが相俟って、卒業後の無業者や早期離職者など、大学から社会や企業へ円滑に移行できない学生も少なくない。
大学は、職業能力の複雑化・高度化の中で社会や企業が求める職業教育にどう応えていくのか、学生のキャリア形成をどう支援していくのか。大学の抱える課題は多岐にわたる。
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大学は、「学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする」 (学校教育法第83条第1項)とされ、さらに「その目的を実現するための教育研究を行い、その成果を広く社会に提供することにより、社会の発展に寄与するものとする」(同法第83条第2項)とされている。つまり、大学には知的・道徳的・応用的能力を展開する人材の育成、及びそうした人材を社会へ輩出することが目的として内在している。
こうした目的を背景に、大学における教育課程外の教育活動や学生サービス活動など、所謂、厚生補導について、「厚生補導の組織」(後述)に関する条文が大学設置基準の制定時(昭和31(1956)年)から設けられている。
この厚生補導は、もともとアメリカの大学で行われていた学生に対するサービスの考え方(学生を個人<personal>としてではなく、大学の構成員<personnel>としている)を導入したもので、“厚生”(ウエルフェア)と“補導”(ガイダンス)からなる。内容については非常に広範囲であるが、学生が個性と能力に応じた職業に就くことができるよう、職業についての正しい知識を与えたり、適性にあった職業選択の相談を行ったり、職業指導上必要な情報を収集したりするなど、「職業指導」は厚生補導の業務の一つに位置づけられている。
上記のように、厚生補導の組織が設置基準制定時から規定されていたことなどから、大学の「職業指導」に関する実施率は高い。国・公・私立大とも、9割以上の大学が学生の就職支援のための就職ガイダンスやセミナー等を実施している。
他方、大学の教育課程(カリキュラム)編成において、豊かな職業生活の実現を視野に入れたキャリア教育の提供に配慮している大学は、19年度の場合、国立大72.3%、公立大45.9%、私立大64.2%で、全体では63.3%となっている。(図1参照)
また、学生が在学中に、企業などで自らの専攻や将来のキャリアに関連した就業体験を行う「インターンシップ」については、19年度の大学の場合、約68%で増加傾向にある。(図2参照)
ただ、実施時期と期間は夏期休業中の1週間以上2週間未満が多く、体験者数は約2%と少ない。
大学における人材育成は、将来の進路や職業と結びつけた教育、指導・支援なども含め、様々な形で行われている。
その一方で大学は、社会環境の変化、学生の変質、多様な職業教育ニーズ、職業能力等に関する産業界や企業からの要求など、様々な課題に直面している。
こうした現状と課題を踏まえ、大学が教育課程の内外を通じて学生の社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むよう、改めて、キャリアガイダンスを法令上に明確化した。
文科省は22年2月、大学及び短大の設置基準に規定されている「厚生補導の組織」の条文の次に、次のような「社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を培うための体制」の条文を追加した。
当条文は、学生が自らの職業観・勤労観を培い、社会人としての資質能力を高めることができるよう、教育課程の内外を含む学生生活全体を通じた大学の教育指導方針として取り組むことをイメージしているといえる。
単に、教育課程上に職業教育関連の科目を開設するだけでなく、大学教育全体として学生の“自立支援”に取り組むことが求められている。(図3参照)
文科省は23年度からの「キャリアガイダンス」全面実施に向け、22年度予算に「大学生の就業力育成支援事業」を新規で30億2,900万円計上した。大学・短大から学生の就業力向上のためのプログラムを募り、財政面で支援する。事業規模は130件(学部数の約5%)程度で、採択されると1件に平均2,330万円(22年度)が交付。支援期間は5年間。
幅広い職業人養成に比重を置くなど、大学の機能別分化の促進も期待しているようだ。
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現下のような先行き不透明な経済状況や厳しい雇用情勢においては、学生は企業に対する安定志向と将来に向けた資格志向を従来にも増して一段と強めている。大学では就職に有利な“資格取得”や“就職のための教育・指導”などを特色に掲げ、入学志望者獲得策の一つとして前面に打ち出しているところも少なくない。
ところで、大学における職業教育や職業指導(キャリアガイダンス)は、学生たちの“眼前”にあり、“現在”の社会や産業界、企業などと深く関連した活動であり、その意味では大学の“即物的・即事(時)的”な面であるといえよう。
一方、大学は「真理の探究と知の創造」といった役割も担っており、時勢に縛られることなく様々な事物・事象と“対峙”して“批判的 (クリティカル・シンキング)”に真理を探究していく能力や態度を培うといった、言わば“対峙的・批判的”な面をもつ。
戦前の旧制大学時代、明治19(1886)年に制定された「帝国大学令」とは別に、大正7(1918)年、官立・公立・私立大学を規定する「大学令」が制定された。そこでは、大学の性格として「国家に須要な学術の理論と応用を教授し、その蘊奥を攻究するとともに、国家の指導者に相応しい人格の涵養に留意する」旨が規定され、大学は国家に必須な研究と枢要な人材育成といった位置づけであった。
こうした大学の性格は、戦後の新制大学においても国立大を主体に、戦前に創設された公・私立大にも少なからず引き継がれていったといえよう。そのような大学では概して“対峙的・批判的”な面が前面に出やすく、“象牙の塔”などともいわれていた。
特に今から40年以上前、大学紛争の嵐が全国的に吹き荒れた時代、「大学は真理の探究を深め、真理を追究する人材養成に努力すべきで、時の社会情勢に追随すべきでない」などと、所謂、「産学協同路線」に対する批判が高まった。我が国では大学と産業界とは無縁ではあり得ないとしつつも、両者の結びつきは長らく低調であった。
しかし、世界的にみると、グローバル化の進展やIT産業の発達などと相俟って、大学と産業界、地域社会などとの結びつきは急速に拡大していった。優れた技術や人材を産業界に供給し、経済の活性化にも一翼を担っているアメリカなどの大学を目の当たりにして、我が国でも理工系を中心に大学と産業界との技術連携(大学等技術移転促進法(TLO法):平成10年)などを契機に、大学と産業界との結びつき(産学連携)は拡充してきた。
知識基盤社会において、大学と社会や産業界とのつながりは今後ますます重要度を増してくる。大学は職業教育とどこまで関わっていくべきか。大学の専門学校・職業学校化を懸念する向きもあるが、大学には学生の社会的・職業的自立に向け、前述した2つの側面をうまく活かした特色ある教育・支援活動が求められる。