今月の視点 2011.7

歯学教育改善に向けた22年度
歯科大学・学部「実地調査」の“所見” !

適正定員、臨床実習等に課題目立つ。23年度私立大歯学部の「入学定員割れ」59%に低下!

2011(平成23)年度

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 歯学部(歯学科。以下、同)は23年度現在、国立11大学、公立1大学、私立15大学に計29学部設置されている。歯科医師の過剰、歯科診療の過当競争などが喧伝されるなか、歯学部志願者は私立大を中心に前年度までここ数年大幅に減少していた。
 23年度は私立大が6年ぶりの志願者増に転じ、入学者も増加。私立歯科大学・歯学部の「入学定員割れ」も10学部、58.8%(私立17学部に占める割合)に留まり、減少傾向にある。
 他方、入学者の資質能力の低下や格差、臨床能力の低下等、歯科医療の信頼性に関わる深刻な事態が指摘されている。そのため、文科省の有識者会議では歯学教育の改善・充実に向けたフォローアップを行い、国私立18学部に対して22年度の「実地調査」を実施した。

 

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<歯学部入試の動向>

 

入学定員の「削減計画」

 

 23年度の歯学部(歯学科。以下、同)は、国立11大学11学部、公立1大学1学部、私立15大学17学部の計27大学に29学部が設置されている。歯学部の入学定員(編入学定員含む。私立大については募集人員。以下、同)に関しては、歯科医師の需給等が検証される中で、これまで度々削減されてきた。(図1参照)

 
地球科学分野を開設する主な大学・学部等
 

 まず、厚生省(当時)の歯科医師需給に関する検討会の『報告書』(昭和61(1986)年)において「歯科医師の新規参入を最小限20%以上削減すべき」とされたことを踏まえ、定員ピーク時(昭和56(1981)年度~60(1985)年度)の3,380人を平成10(1998)年度には2,714人まで、666人(19.7%)削減した。その後さらに、平成10年の厚生省の需給検討会で「10%程度の削減」が提言されたが、10年度~20年度の10年間でわずか57人(10年度の定員2,714人に対する割合、2.1%)の削減に留まっていた。(図1参照)
 ただ、20年度~22年度において、国公立大での入学定員の削減はなかったが、私立大では46人(20年度の私立大歯学部募集人員1,937人に対する割合2.4%)が削減されている。
 23年度は、文科省の有識者会議の“入学定員の見直し”提言(21年1月。後述)や医学部定員増(歯学部との定員振替枠)に伴う「振替削減」などで、前年度より国立大で63人、私立大で66人それぞれ減員となり、全体では129人(前年度比4.9%)削減されて2,482人となった。
 なお、2,482人は昭和60年度ピーク時に比べ、898人(26.6%)の削減である。これは上述の“削減目標”である「定員ピーク時の20%減」(676人減)と「平成10年度定員の10%減」(271人減)を加えた“947人(昭和60年度ピーク時の28.0%減)減”には達していない。(図1参照)

 

「志願者“減”傾向」に“歯止め”

 

 歯学部入試の志願者数は、ここ数年私立大を中心に大幅な減少傾向にあった。16年度~23年度の志願者数の動きをみると、国立大(11校)は16年度の約3,800人から21年度の約2,100人まで5年連続減少した後、22年度約2,700人、23年度約2,900人と2年連続増加している。公立大(1校)は16年度に約1,000人であったが、18年度~20年度に約600人、21年度には約330人に激減したが、22年度は約390人、23年度は約430人に回復している。私立大(15校17学部)は18年度~22年度まで5年連続減少したが、23年度は前年度を若干上回った。志願者数は19年度まで1万人台前半で推移していたが、20年度に1万人割れとなってから一気に減り、23年度は19年度の半分以下の約4,900人であった。23年度の歯学部全体の志願者数は、私立大で志願者増になったため、前年度より3.8%増の8,292人となった。(図2・表1参照)
 受験者数も志願者数の動向と同様の傾向をみせている。

 
国公立大VS私立大 歯学部・歯学科の入学定員、志願者数の推移
 

 合格者数は、国立大が16年度~22年度まで600人台前半で23年度580人台、公立大は100人前後で推移し、国公立大では大きな変化はみられない。私立大では約3,000人程度であるが、「歩留まり」の悪化などから、ここ数年増加傾向にあった。しかし、21年度~23年度は入学者の質の維持、向上を図る観点などから合格者数の絞り込みがあったとみられ、減少傾向にある。(表1参照)

 

私立歯科大学・歯学部の「入学定員割れ」に“減少傾向”

 

 国公私立の歯科大学・歯学部全体の最近の「入学定員充足率」(私立大は募集人員を集計)をみると、20年度96.9% → 21年度92.4% → 22年度84.7% → 23年度87.8%と、23年度は上昇に転じている。国公立大では23年度東北大の96.2%を除き、各大学とも定員を満たしている。

国公立私立大 歯学部・歯学科の22.23年度入試状況&103.104回歯科医師国家試験「合格率」一覧
 

 他方、私立大(17学部)の「入学定員充足率」(募集人員で集計)は、20年度95.5% → 21年度89.3% → 22年度78.7%と低下していたが、23年度は83.5%と、8割台に回復した。
 また、「入学定員未充足」(入学定員割れ)となった私立歯科大学・歯学部数は、18・19年度1学部(学部ベース:17学部に占める割合、5.9%)  → 20年度3学部(同、17.6%)  → 21年度12学部 (同、70.6%) → 22年度11学部(同、64.7%) → 23年度10学部(同、58.8%)となっている。「入学定員割れ」の歯科大学・歯学部数は21年度に一気に拡大したが、定員(募集人員)削減などによって減少傾向にある。(表1参照)
 ただ、「入学定員割れ」の歯科大学・歯学部はほぼ固定化されており、私立大における入学者確保の“二極化”が目立つ。

 

低迷する私立大の「競争倍率」

 

 入学者選抜の競争的な環境(選抜機能の担保)には、「競争倍率」(実質倍率:受験者数÷合格者数)“2倍以上”の確保が必要といわれる(中教審法科大学院特別委員会『法科大学院教育の改善方策』:21年4月)。
 私立歯科大学・歯学部において、「競争倍率」“2倍未満”は、20年度7学部 (17学部に占める割合、41.2%)  → 21年度13学部(同、76.5%)  → 22年度14学部(同、82.4%) → 23年度14学部(同、82.4%)と、21年度以降、極めて高い割合を示している。(表1参照)

 

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<歯科医師国家試験の動向>

 

受験・合格状況

 

 歯科医師国家試験の20年~23年の受験・合格状況(総数:新卒+既卒)をみると、22・23年の2年連続で、受験者数は減少、合格者数は国立大で減少、私立大で増加している。
 受験者数は、国立大約700人~760人、公立大約110人~約120人、私立大約2,500人~約2,600人で、国公私立大全体では約3,300人~約3,500人で推移している。
 合格者数は、国立大約580人~600人台前半、公立大100人前後、私立大約1,600人~約1,700人で、全体では約2,300人~約2,400人となっている。

 

私立大の「合格率」に“上昇傾向”

 

 歯科医師国家試験の「合格率」は、国立大80%台、公立大約70%~80%台、私立大60%台で、国公私立大全体では約68%~約70%となっている。
 私立大では22・23年とも、受験者数“減”、合格者数“増”となったことから、2年連続で「合格率」が“上昇”(20年度64.7% → 21年度63.1% → 22年度64.3% → 23年度66.6%)し、国公私立大全体の「合格率」を2年連続で押し上げている(20年度68.9% → 21年度67.5% → 22年度69.5% → 23年度71.0%)。(表1参照)
 ただ、歯科医師国家試験の「合格率」は、医師国家試験の「合格率」90%前後に比べ20ポイント程度下回っており、医療教育における医科と歯科の学習成果や臨床能力の隔たりが懸念されている。

 

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<歯学教育の改善提言>

 

 歯学部入試全体としては、前述のように23年度は好転の兆しがみえたものの、私立大における「入学定員割れ」問題や「競争倍率」の低迷などに加え、歯科医師の過剰感の増大、国家試験合格率の伸び悩み、臨床実習の不十分さや臨床能力の格差など、歯科医師養成を取り巻く環境は依然として深刻な状況にあるといえる。
 こうした中、文科省の有識者会議「歯学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」(以下、歯学教育改善・充実会議)は21年1月、歯学教育の改善・充実に向けた『第1次報告 ~ 確かな臨床能力を備えた歯科医師養成方策 ~』を取りまとめ、報告した。
 『第1次報告』は、入学者の資質能力の確保や国家試験合格率等に課題を抱える歯科大学・歯学部の入学定員の見直しなど、次のような4本の改善方策を柱に据えている。

第一次報告
 

<『第1次報告』 の“フォローアップ”>

 

「ヒアリング」

 

 22年9月、歯学教育改善・充実会議の下に「フォローアップ小委員会」(以下、小委員会)が設置された。小委員会は22年10月、全歯科大学・歯学部に対し、『第1次報告』を踏まえた歯学教育の取組状況を調査した(書面調査)。

その結果、次に掲げるような観点に該当し、かつ、不明部分の把握や改善取組みの確認等が必要とされた24の歯科大学・歯学部において、「ヒアリング」が実施された(22年11月)。

地球科学分野を開設する主な大学・学部等
 

「実施調査」

 

 24の歯科大学・歯学部に対する「ヒアリング」の結果、次のような項目に該当すると判断された18の歯科大学・歯学部に対して「実地調査」が実施された(23年1月~3月)。

地球科学分野を開設する主な大学・学部等
 

18の歯科大学・歯学部の基礎データ及び調査結果を<表2-①、②>にまとめた。

 

地球科学分野を開設する主な大学・学部等

地球科学分野を開設する主な大学・学部等
 

小委員会の所感

 

 小委員会では、今回のフォローアップの結果について、次のような所感をまとめている。
◇ 全体的な取組状況 ◇
 全ての歯科大学・歯学部で『第1次報告』の提言を踏まえた改善の取組に着手しており、多くの大学・学部では意欲的な取組がうかがえたとしている。
 その一方で、質の高い歯科医師養成の観点から、現状の教育課程に改善が必要な大学・学部も散見されたとし、当該大学には猛省を促すとともに、今後の教育内容の改善や入学定員の見直し、優れた入学者の確保などの検討を求めている。
◇ フォローアップでみられた課題 ◇
(1) 診療参加型臨床実習の改善・充実、到達目標の設定、臨床能力評価の状況
 臨床実習に必要な大学病院の患者数が明らかに不足しているごく少数の大学を除き、多くの大学は最小限の患者数を確保しているが、その場合でも、大学の取り組み姿勢によっては、臨床実習生が十分な経験を積めず、ひいては十分な臨床能力を習得できていない例もみられたという。
 また、臨床実習生が十分な経験を積むことができるような大学でも到達目標の設定、臨床実習中又は臨床実習終了後の臨床能力の評価方法が不十分な例がみられたという。
(2) 留年者等に対するサポートの実効性
 留年者等の成績不振者に対し、モチベーションを維持するための授業内容や個別指導等の工夫はみられるが、留年者数や国家試験合格率の改善に結びつかない例があったという。
(3) 優れた入学者の確保
 競争倍率が限りなく1倍に近いなど、入学者選抜の機能不全を指摘している。
(4) 定期試験問題及び答案
 出題形式が一部、単純想起型や多肢選択式で、考察問題となっていないケースを指摘。また、定期試験の答案や得点分布から学力不振者が多いとみられる例があったという。
(5) 研究者養成
 将来の研究者養成に資するための学部教育での研究マインドの養成については、研究室配属などを行っていても必修でなく希望者のみの配属で、実際の配属者はごく少数に留まっている例がみられたという。

 

<臨床実習の充実と入学定員の適正化に課題>

 

 今回の「実地調査」における委員の“所見”では、確かな臨床能力の担保と入学定員の適正化についての指摘が目立つ。(表2-①、②参照)
 臨床実習については「診療参加型臨床実習の更なる充実と臨床能力の担保につながる評価方法の確立」に努めること、入学定員の適正化については「国立大での入学定員超過の是正、私立大での優れた入学者確保や国家試験合格率の向上策と絡めた入学定員の在り方の検討」に努めることがそれぞれ多くの歯科大学・歯学部で求められている。
 なお、「診療参加型臨床実習」の定義については、歯学関係者間でも必ずしも共通理解がされていないとして、その定義の在り方について今後、歯学教育改善・充実会議において議論していくという。

 

<今後のフォローアップの展開>

 

 小委員会では、23年度入試結果及び第104回歯科医師国家試験の結果(23年3月合格発表)等の歯学教育を巡る状況も踏まえつつ、引き続き全歯科大学・歯学部への「書面調査」、及び必要と判断した歯科大学・歯学部に対する「ヒアリング」や「実地調査」を選択的に活用して歯学教育の改善・充実のフォローアップを行うとしている。

 

< 「モデル・コア・カリキュラム」 の改訂>

 

 ところで、『歯学教育モデル・コア・カリキュラム ― 教育内容ガイドライン ―』(22年度改訂版:23年3月)は、『第1次報告』が提示した(1)歯科医師として必要な臨床能力の確保、(2)優れた歯科医師を養成する体系的な歯学教育の実施、(3)未来の歯科医療を拓く研究者の養成といった観点を中心に、カリキュラム改訂委員会によって作成された。
 同委員会では、各大学での具体的な歯学教育は、「モデル・コア・カリキュラム」を参考としつつも、授業科目等の設定、教育手法や履修順序等は各大学が自主的に編成するものであり、研究志向を涵養する教育や歯科医療関係者以外の声を聴くなどの授業方法の工夫など、各大学の特色ある取組みを求めている。

 

臨床能力の習得

 

 カリキュラム改訂委員会では、改訂の主眼である“臨床能力の習得”のため、各大学・大学病院が、臨床実習に参加する学生の適性と質を保証し、患者の安全とプライバシー保護に十分配慮した上で、「診療参加型臨床実習」の一層の充実を図ることを期待している。
 加えて、地域の医療機関等には各大学の臨床実習への協力を、また、国民には歯科医師養成のために学生が参加して診療が行われるという、教育病院としての大学病院の役割について一層の理解を願っている。

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<大震災と歯科医療>

 

 3月11日の東日本大震災では、歯科医師が全国からいち早く被災地に入り、診察・治療活動だけでなく、犠牲になられた方々の歯型を照合するなどの身元確認作業にも奔走した。
 被災地や避難所では、先の見えない復旧・復興への取組や収束の目処がはっきりしない原発事故に加え、過酷な生活環境や放射線被曝の不安などで高まっている被災者・避難住民のストレスは、体に様々な影響を及ぼすという。特に口の中の細菌の感染症である「歯周病」はストレスによって発症・悪化しやすくなるといわれ、誤嚥(ごえん)性肺炎や糖尿病、心筋梗塞など全身状態との関係が指摘されている。
 被災地や避難所では免疫力や体力の低下した高齢者も少なくなく、口腔衛生や口腔治療 は体の健康と体力の回復にとって重要である。ここでも歯科と医科との連携、融合型歯科医療の活動が期待される。
 いずれにしろ、大震災の復旧・復興は、被災者・避難住民の体や心の健康と、犠牲者の尊厳を守ること(身元確認、遺族による葬送)から第一歩が始まるといえる。歯科医療は、大震災の復旧・復興においても重要な役割を担っている。

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