今月の視点 2011.1

“職業大学”の創設は、あるのか!?

中教審『答申案』にみる、「職業実践的な教育」に特化した「新たな枠組み」の行方!

2010(平成22)年度

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 中教審の「キャリア教育・職業教育特別部会」は22年12月下旬、『今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について』の答申案を提示した(以下、『答申案』と略) 。
 『答申案』では、幼児期の教育から高等教育まで、学校教育におけるこれまでのキャリア教育及び職業教育への取組を踏まえつつ、生涯にわたるキャリア形成を支援すべく、各学校段階を通じた体系的なキャリア教育の基本的な方向性を提言している。
 また、現下の厳しい就業環境・雇用情勢下における若者の「社会的・職業的自立」や「学校から社会・職業への円滑な移行」については、特に高等教育における職業教育の充実を図るべく、「職業実践的な教育」に特化した「新たな枠組み」を構想している。
 『答申案』のキーワードであるキャリア教育と職業教育について整理するとともに、高校生の実態、大卒者の進路状況、「新たな枠組み」の背景・課題や今後の行方などを探った。

 

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<「キャリア教育」 と 「職業教育」>

 

 21世紀は、知識や技能、情報などが社会活動の基盤となる「知識基盤社会」である。

 このような社会においては、学校教育が果たす基盤的な役割は大きく、キャリア教育、職業教育の重要性が指摘されている。

 例えば、改正教育基本法(18年12月)における教育目標の1つとして、“勤労観の育成”が規定され、学校教育法の改正(19年6月)でも教育の目的・目標に勤労観、職業観の育成、進路選択の教育の促進などが盛り込まれた。さらに、教育振興基本計画(20年7月)においても重点的な取組事項として、キャリア教育、職業教育の推進が挙げられている。

 ところで、キャリア教育、職業教育とは何か。『答申案』で示された定義づけをもとに、次のように整理してみた。

 

キャリア教育

 

・『答申案』にみる定義づけ

 まず、『答申案』では、キャリア教育を次のように定義づけている。

 「人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、“キャリア”の意味するところである」という。

 そしてキャリア教育は、「一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育」であると位置づけている。

 また、キャリア教育は、「特定の活動や指導方法に限定されるものではなく、様々な教育活動を通して実践される。そして、一人一人の発達や社会人・職業人としての自立を促す視点から、変化する社会と学校教育との関係性を特に意識しつつ、学校教育を構成していくための理念と方向性を示すものである」としている。

・「生きる力」「PISA型能力」などとのつながり

 キャリア教育は、小学校・中学校・高等学校の初等中等教育段階では「生きる力」における「自ら学び、自ら考え、主体的に判断し、行動し、よりよく問題を解決する力」(これらを支えるのが「確かな学力」=知識・技能の習得/活用<応用力>/学習意欲)の育成を実効あるものとしていく教育にもつながる。

 また、キャリア教育はOECD(経済協力開発機構)の「PISA型能力」(PISA=OECD生徒の学習到達度調査)の基本的な枠組みでもある「社会を主体的・自律的・創造的に生きていく力/生涯にわたる根源的な学習の力」などにも通じるとみる。さらに、高等教育(学士課程教育)段階では「学士力」(知識・理解/汎用的技能/態度・志向性/総合的な学習経験と創造的思考力)の育成にもつながっていこう。

・課 題

 キャリア教育の必要性や意義の理解は学校教育において高まってきており、実践の成果も徐々に上がっているという。

 しかし、キャリア教育の捉え方が変化してきた経緯などもあり、教員の受け止め方や実践内容・水準などにばらつきがあるという。以前は、キャリア教育を「主体的に進路を選択する能力・態度を育てる教育」、「勤労観、職業観を育てる教育」などに焦点を絞って捉え、現在位置づけられている「社会的・職業的自立のために必要な能力の育成」がやや軽視されていることが課題であるという。

 また、学校教育に限らず、生涯学習の観点に立ったキャリア形成支援の充実を図っていくことについても留意する必要があるとしている。

 

職業教育

 

・『答申案』にみる定義づけ

 『答申案』では、「人は、専門性を身に付け、仕事を持つことによって、社会とかかわり、社会的な責任を果たし、生計を維持するとともに、自らの個性を発揮し、誇りを持ち、自己を実現することができる。仕事に就くためには、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる能力だけでなく、それぞれに必要な専門性や専門的な知識・技能を身に付けることが不可欠である」という。

 そして、「このような、一定又は特定の職業に従事するために必要な知識、技能、能力や態度を育てる教育が職業教育である」と職業教育を定義づけている。

 また、「専門的な知識・技能の育成は、学校教育のみで完成するものではなく、生涯学習の視点を踏まえた教育の在り方を考える必要がある」という。さらに、「特定の専門的な知識・技能の育成とともに、多様な職業に対応し得る、社会的・職業的自立に向けて必要な基盤となる能力や態度の育成も重要であり、具体の職業に関する教育を通して育成していくことが極めて有効である」としている。

・課 題

 『答申案』では、職業教育は一部を除き、基本的には学校内で完結する内容として教育課程が編成されがちであると指摘。特に、社会・職業との関連が薄く、実践性が伴わない教育(例えば、高校の普通科等)は、教育内容・方法を工夫していく必要があるとしている。

 ただ、高校普通科にとって、学校週5日制の下、生徒・保護者からの教科(受験)学力向上への期待感に対する対応(週当たりの標準授業時数30単位時間を超えた授業時間の設定)や職場体験の受入先の困難さなど、この問題には高校側だけで解決できない課題もあろう。

 

< 各学校段階に応じた体系的なキャリア教育 >

 

  『答申案』では、キャリア教育は幼児教育から高等教育まで、子どもや若者の発達段階、つまり各学校段階に応じた体系的なキャリア教育が重要であるとし、その推進のポイントを次のように提示している。

・幼児期:自発的・主体的な活動を促す。

・小学校:社会性、自主性・自立性、関心・意欲等を養う。

・中学校:自らの役割や将来の生き方・働き方等を考えさせ、目標を立てて計画的に取り組む態度を育成し、進路の選択・決定に導く。

・後期中等教育(高校等):生涯にわたる多様なキャリア形成に共通して必要な能力や態度を育成し、これを通じて勤労観・職業観等の価値観を形成・確立する。

・高等教育(大学・短大等):後期中等教育修了までを基礎に、学校から社会・職業への移行を見据え、教育課程の内外での学習や活動を通じ、高等教育全般で充実する。

・特別支援教育:個々の障害の状態に応じたきめ細かい指導・支援の下で行う。

 

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< 高校におけるキャリア教育・職業教育 >

 

高校教育の多様化

 

 22年3月の中卒者約122万8,000人(中等教育学校前期課程除く)から高校等への進学者は約120万4,000人(高校の全日制<約112万9,000人>・定時制<約3万2,000人>・通信制<約2万1,000人>、及び高等専門学校<約1万1,000人>等:進学率98.0%)に達し、高校等はほぼ“義務教育”状態にある。こうした後期中等教育の発達に伴い、高校生の能力や適性、進路などが多様化し、それにあわせて普通科、専門学科、総合学科といった学科や全日制、定時制、通信制の各課程などが設けられ、教育内容の多様化と弾力化が図られている。

 高校生約336万人(本科の全日制・定時制<通信制除く>:22年5月)を学科別でみると、普通科が最多で約243万1,000人(本科の72.3%)、次いで工業科(約26万7,000人、同7.9%)、商業科(約22万1,000人、同6.6%)などの専門学科が約75万7,000人(同22.5%)で、総合学科は約17万2,000人(同5.1%)となっている。(図1参照)

 

高校生の進路

 

 22年3月の高卒者約106万9,000人(中等教育学校後期課程除く)のうち、大学・短大(通信教育部、別科含む)への進学者は約57万6,000人(現役進学率53.9%)、専門学校(専修学校専門課程)進学者が約17万人(同15.9%)で、就職者は約16万9,000人(就職率15.8%)である。また、普通科の卒業生約77万7,000人のうち、大学・短大への進学者は約49万人(進学率63.0%)、専門学校進学者が約11万人(同14.2%)、就職者は約5万8,000人(就職率7.5%)である。

 このように、高校教育は教育課程制度としては多様化しているものの、高校生の70%以上が普通科で、その卒業生の約77%が大学・短大や専門学校といった高等教育機関へ進学している。つまり、“義務教育”化した高校生の多くは大学・短大の高等教育機関への進学を意識して普通科に在学している一方で、大学・短大への進学に際しては、進路意識や目的意識が希薄なまま、大学・短大へ進学している者も少なくないようだ。(図1参照)

 また、普通科からの就職者も少なくないが(22年3月卒業の全就職者に占める割合は、34.4%)、専門学科と比べて厳しい就職状況の傾向にあり、就職する普通科の生徒に対する職業人として必要な基礎的な知識・技能の育成が課題であるという。

 因みに、今春(23年3月)高校卒業予定者約107万人のうち、就職希望者(22年10月末現在)は約18万7,000人、就職内定者は約10万7,000人で、就職内定率(就職内定者の就職希望者に占める割合)は、21年同期比1.9ポイント上昇の57.1%である。学科別では工業の76.2%を最高に、福祉63.1%、商業58.4%、情報58.2%、農業55.6%と続き、普通科は43.1%で50%を割り込んでいる。

 『答申案』ではこうした現状を踏まえ、社会人・職業人としての自立が迫られる時期である高校においては、キャリア教育の充実が喫緊の課題であるとしている。

中学/高校/短大の在学者数&進路状況

 

<大学・短大におけるキャリア教育・職業教育>

 

大学と社会・職業との接続に綻び

 

 高校から大学・短大、及び専門学校といった高等教育機関への進学率は現在約70%に達し、高等教育が多くの若者にとって社会に出る直前の教育段階となっている。

 しかし、昨春(22年3月)、大学の学部卒業生約54万1,000人のうち、就職も進学もしていない「進路未定者」が約10万7,000人、卒業者の19.7%に達した。(図1参照)

 また、今春、大学(学部)卒業予定の就職希望者の22年10月1日現在の就職内定率は57.6%で、“就職氷河期”といわれた15年度の60.2%を下回る過去最低を記録している。

 いずれも、大学と社会・職業との接続に綻びが生じている実態が浮き彫りになっている。

 

社会・職業への円滑な移行に向けて

 

 このように、大学や高校から社会・職業への移行に深刻な事態が生じているのは、20年秋のリーマン・ショックに端を発する景気の低迷や雇用情勢の悪化が直接的な原因として挙げられよう。

 ただ、その一方で、将来への進路意識や職業と社会との関わりなど明確な課題意識、具体的な目標をもたないまま入学、卒業していく学生も少なくない。大学・短大は、こうした学生に対し、社会・職業への円滑な移行を見据えたキャリア教育・職業教育をいかに行うかが課題となっている。

・「キャリアガイダンス」の規定

 こうした現状と課題を踏まえ、大学・短大が教育課程の内外を通じて学生の社会的・職業的自立に向けた指導等に取り組むよう、所謂「キャリアガイダンス」が法令上に明確化された。

 文科省は22年2月、大学及び短大の設置基準に規定されている「厚生補導の組織」(職業指導、就職支援等、教育課程外の教育活動や学生サービス活動)の条文の次に、「社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を培うための体制」の条文を追加(23年4月施行)。

 当条文は、学生が自らの職業観・勤労観を培い、社会人としての資質能力を高めることができるよう、教育課程の内外を含む学生生活全体を通じた大学の教育指導方針として取り組むことをイメージしている。単に、教育課程上に職業教育関連の科目を開設するだけでなく、大学教育全体として学生の“自立支援”に取り組むことが求められている。

 

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<高等教育における職業実践的な教育に特化した枠組み>

 

大学・短大の抱えるキャリア教育・職業教育の課題

 

 職業教育や人材育成に係る大学・短大と産業界(企業)との関係をみると、経済の安定成長期には、産業界が企業内教育や訓練等で実践的な人材育成の役割を担い、大学・短大は職業能力等の基盤となる素質を備えた学生を産業界に輩出する役割を果たしてきた。

 しかし、産業界は低成長とグローバル化のもとで国内外の経済競争に打ち向かうため、雇用システムの見直しや生産性向上、コスト削減などを追求する中、これまで企業内で行われていた実践的な職業能力の育成への投資を抑え、それらを大学などに求めるようになった。大学・短大には、こうした企業の求める様々な職業能力ニーズや多様な学生の職業教育への対応など、これまで以上に職業実践的な教育の充実が求められるようになった。

 また、景気の低迷と学生の能力・意識の低下などが相俟って、卒業後の無業者や早期離職者など、大学から社会や職業へ円滑に移行できない学生も少なくない。

 大学・短大は、職業能力の複雑化・高度化の中で社会や企業が求める職業教育にどう応えていくのか、学生のキャリア形成をどう支援していくのか。大学・短大の抱える課題は、多岐にわたる。

 

「新たな枠組み」の構想

 

 大学・短大等の高等教育機関が抱える職業教育や職業実践的な知識・技能等の人材育成に係る課題に対し、『答申案』では職業実践的な教育のための「新たな枠組み」を整備することが方策の一つであるとしている。具体的には卓越、熟達した実務経験を主な基盤として実践的な知識・技能等を教授するための教員資格、教員組織、教育内容、教育方法等、その質を担保する仕組みを具備した「新たな枠組み」を制度化し、その振興を図るべきだと提言している。(図2参照)

 『答申案』では「新たな枠組み」の具体化を今後検討するに当たり、“新たな学校種”の制度を創設するという方策とともに、“既存の高等教育機関”において「新たな枠組み」の趣旨を生かしていく方策も検討することが望まれるとしている。

 『答申案』で提示された職業実践的な教育に特化した枠組みの概要は、次のとおりである。

1.目的と特徴
・目的
:卓越した又は熟達した実務の知識・経験に基づく高度の専門的かつ実際的な知識・技能等を教授し、職業に必要な実践的な能力を育成することを目的とする。

・特徴:企業や経済団体・職能団体等と密接な連携を図り、個人が生涯にわたり継続して学業生活及び職業生活を交互に又は同時に営むことを支援する学習環境を整備することや、最新の実務の知識・経験を教育内容・教育方法に反映した教育の実施を担保することが望まれる。

2.入学資格・修業年限
・入学資格:高等学校等の後期中等教育修了者とする。

・修業年限:分野の特性や対象者等に応じ、2~4年の範囲内で柔軟に設定することが考えられる。

 また、生涯学習環境の整備の観点から、就業者等の学びやすさを考慮すると、基本課程(仮称)2年と上級課程(仮称)1~2年とする方法や、修業年限の弾力化、長期にわたる教育課程の履修を認めることなども考えられる。

3.教育課程・授業方法 
・教育課程
:企業や地域・全国を単位とする経済団体・職能団体等との連携により、教育課程を編成・改善する組織体制を確保することが重要である。

 また、教育課程の編成にあたっては、例えば、国際社会から見た日本の姿や、国内地域の産業・資源等の特色・強みを学ぶ科目が含まれるなど、斬新で独創性に富むものとしていくことが期待される。

・授業方法:職業実践的な演習型授業(実験・実習・実技等)を一定程度(例えば、概ね4~5割程度)行うことが想定される。

 特に、産業界や職業人が求める知識・技能等や最新の実務を的確に反映した教育を行うため、企業等が学習活動にかかわり、学習者と企業等が、相互理解を深められる学習機会(企業内実習、企業参加の学内実習活動等)を設定することが重要である。

4.修了認定方法・卒業要件
・修了認定方法
:生涯学習環境の整備の観点から、就業者等の学びやすさを考慮すると、学年制ではなく、単位制やモジュール制(注.1)を基本とすることが妥当と考えられる。あわせて、セメスター制(注.2)の積極的な活用も考えられる。

・単位認定:例えば、就業時に取得した各種資格に関する学修を評価し、授業科目の履修とみなして、単位を付与することも考えられる。

 なお、成績評価の表示方法は、学生が修得した技能が具体的にわかる方法を採り入れることが望まれる。

  注.1 一授業科目の履修ごとに単位を付与し、一定の学修のまとまり(数ヶ月相当の学修)ごとに修了認定する仕組み。(修業年限以上在学し、)全まとまりを修了すると卒業となる。

  注.2 1学年複数学期制の授業形態。通年制(ひとつの授業を1年間を通して実施)における前期・後期の区分とは異なり、ひとつの授業を学期(セメスター)ごとに完結させる制度。

5.称号等、他の高等教育機関との接続
・称号等
:修了した者の能力を対外的に徴表するものとして、何らかの称号等を称することができることとする必要がある。その際、我が国の高等教育制度の発達の経緯や現在の枠組みに留意するとともに、諸外国の実情も参考にしながら、職業教育の学修の成果を徴表するものとして何が適切であるのか、検討が進められることが望まれる。

・他の高等教育機関との接続:学習者が、その希望やライフステージに応じて様々な進路を選択できるよう、他の高等教育機関や中等教育機関の専攻科との接続(編入学、進学)が適切に確保されるよう、検討することが必要である。

6.教員資格、教員組織等
・教員資格
:実務卓越性を重視し、あわせて、指導力を求める。教育経験等のない者は、採用後一定期間の研修や指導力認定資格の取得を必要とするなどの措置を講じることが必要である。教員の採用に当たっては、公募制や任期制を活用しながら、最新かつ先進的な知識・技能等を有する人材を、海外も視野に入れ確保することも考えられる。

・教職員の組織体制:分野の区分ごとに教育上の基本となる組織を置き、教育上適当な教員組織等を備えることや、教育の実施に当たり、教員の適切な役割分担の下で、組織的な連携体制を確保し、教育に係る責任の所在が明確になるようにすることが求められる。

 また、就職・進路指導、学生支援のための組織体制や必要な事務組織を確保することが必要である。なお、事務職員については、企業の人事担当者であった者等職務経験に長けた者を、公募により積極的に採用するなど、職員の質の確保に努めることが期待される。

7.自己点検・評価、第三者評価
・自己点検・評価
:教育の質を担保するためにも、教育等の状況について自ら点検及び評価を行い、その結果を公表することが求められる。

・第三者評価:産業界等の関与を十分に確保しつつ、新たな枠組みに適した基準・方法等を構築することが望まれる。評価の観点は、例えば、教育活動を行う上での組織運営のシステム・体制の妥当性や、目的に応じた教育の成果(就業状況等)等、職業実践的な教育に適したものとする。

8.名称、設置者
・名称
:職業実践的な教育に特化した高等教育段階の枠組みとして、ふさわしい名称を検討することが必要である。

・設置者:国、地方公共団体及び学校法人とすることが適当である。
 

今後の詳細な検討を提言

 

  『答申案』では、今後、高等教育関係者や学習対象者、産業界、公共職業能力開発施設関係者を含む各界の意向等を踏まえて、“新たな枠組み”全般の具体化について、詳細な検討が進められることが適当であるとしている。

 

多様化する大学入試:22年度選抜区分別入学状況

 

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<職業実践的な教育を巡る議論>

 

「新たな枠組み」の制度化を巡る審議経過

 

  『答申案』で特に注目されるのは、高等教育の「職業実践的な教育」に特化した「新たな枠組み」の構想である。

 この構想は、中教審への諮問理由の説明(20年12月:塩谷立・元文科相)において検討するよう求められた「学生等の社会・職業への円滑な移行に向けた教育システムを形成する観点から、多様なニーズに対応するための職業教育に特化した新たな高等教育機関の創設も含めた職業教育の在り方」に対する提言である。

 「新たな枠組み」構想の原型が提示された『審議経過報告』(21年7月)及び『第二次審議経過報告』(22年5月:以下、ともに『報告』と略)では、「新たな枠組み」の制度化の方向性として、(1)大学制度の枠組みの中における検討/(2)大学・短期大学等と別の学校としての検討、の2つの検討課題を挙げた。

 さらに、(1)は、実質的に2種類の大学制度を設けることになり、学士等の学位の国際通用性の確保が課題であり、職業教育に特化した枠組みを大学制度に設けることは、高等教育政策の方向性に合致するかといった課題もあると指摘した。

 また、(2)については、制度面・実体面から既存の大学等との関係をどう整備するのか、社会的な認知が適切になされるか、といった課題があるとした。

 そして、『報告』では、上記の(1)と(2)の検討課題を比較すると、「現行の大学・短期大学と“別の学校”として検討することが適当であると考えられる」(“ ”印と下線は当方で付記)とし、今後更に、具体的に検討していく必要があるとした。

 このような『報告』が提示されたことから、例えば、“職業大学”や“専門大学”といった新大学構想が一部で伝えられ、関係者の間で波紋が広がった。

 中教審の特別部会では22年5月の『報告』以降、既存の大学・短大、つまり学校教育法第1条に規定されている「学校」(所謂“一条校”:専門学校は一条校でない)とは別の“新たな学校種”の創設も含め、高等教育における職業実践的な教育に特化した「新たな枠組み」の制度化を巡って集中的に議論し、今回提示された『答申案』に至った。

 

「新たな枠組み」の議論

 

 高等教育における職業実践的な教育に特化した「新たな枠組み」については、“新たな学校種”を創設するのか、“既存の高等教育機関”においてその趣旨を生かした教育システムを構築するのかなども含め、様々な面から議論が交わされた。

 「新たな枠組み」については、『答申案』に至るまでの議論や関係団体等からの意見をみると、それぞれの立場によって議論百出の感であるが、概ね次のように二分される。

・「新たな枠組み」に積極的な意見

 大学では職業教育を行う工夫はしているものの、大学の目的規定(学校教育法など)が、職業教育の実施を不十分にしている。既存の高等教育機関とは異なる大学体系を作って職業教育を行うべきではないか。

 大学は機能分化し、職業訓練校(ボケーショナル・スクール)に近い教育を行う大学も出てこようが、それでは国の成長戦略の面でスピードが遅すぎる。また、後期中等教育(高校等)で各種の職業資格を取得した若者の大学・短大等における進路先がはっきり確立されていない。こうした教育体制は問題であり、職業大学や専門大学のような高等教育機関を後期中等教育の先に据えて、若者のインセンティブを高めることも必要ではないか。

・「新たな枠組み」に消極的な意見

 大学等では職業に必要な実践的な能力の育成を行っており、更に社会的及び職業的自立を図るために必要な能力を培うための体制の整備を行っていると指摘。大学等の教育を、学術研究を基盤とする教育と職業実践的な教育とに二分することは適当でないという。

 “既存の高等教育機関”における「新たな枠組み」の趣旨を生かした方策は、“新たな学校種”の創設より実現可能性があり、現実的であろうとしつつも、「新たな枠組み」の教育課程を既設の大学内に設置後、既存の学術研究を行う学部等を廃止した場合、大学としての機能や役割に課題が残ると指摘。また、経済社会活動の基幹をなす中堅人材の育成については「新たな枠組み」を創設するのではなく、職業能力開発大学校等や各省が設置している大学校等も含めた既存の各高等教育機関における職業教育の意義・位置づけ・機能を再整理し、その体系化を図ることで対応可能であり、“新たな学校種”の乱立はかえって混乱を招く危険性があると指摘している。

 更に、学術性が担保されない“新たな学校種”では、国際的通用性が必要とされる「学位」を付与すべきでないとしている(「称号」を付与することを検討)。

 

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<“職業大学”の創設は、あるのか!?>

 

 戦前の高等教育機関は、旧制高等学校、旧制専門学校(旧制実業専門学校)、高等師範学校など“複線型”であったが、戦後はこれらを単一な新制大学(一部、短期大学)に再編し、“単線型”の教育体系が敷かれた。そして、大学は「教育」(知の伝承、人材育成)/「研究」(知の創造)/「社会貢献」(教育研究成果の社会への還元)といった役割・使命のもと、幅広い職業人や高度専門職業人を養成し、社会に輩出する役割も担っている。

 しかし、大学では研究成果に基づき体系化された理論や知識を教授することが第一義とされ、教員構成やカリキュラム構成に学術性が求められることなどから、職業実践的な教育は十分に展開されてこなかったとの指摘もある。

 こうした大学教育の実態を背景に、“新たな学校種”の創設も含めた、職業実践的な教育に特化した枠組みが提言されたといえる。

 『報告』の段階では、「現行の大学・短期大学とは“別の学校”として検討することが適当」とされていたが、『答申案』では前述のような議論を踏まえ、「職業実践的な教育に特化した枠組み」、つまり“新たな枠組み”と表現を変えて、その構想を提言している。

 しかし、前掲した構想の「名称、設置者」の項目をみれば、“新たな学校種”の創設を前提としていることがうかがえる。また、「新たな枠組み」の具体化を検討するに当たっても、“新たな学校種”の創設を優位においていることが透けてみえる。

 

『答申案』等の今後の動き

 

 中教審の特別部会は22年12月下旬の「総会」で出された議論を踏まえ、23年1月末に予定されている「総会」で最終『答申』を出す模様だ。最終『答申』の内容は、これまでみてきた『答申案』がほぼ踏襲されるとみられる。

 文科省としては今後、構想された「新たな枠組み」について、高等教育関係者や産業界など、関係各方面と具体的、かつ詳細な検討を進めていくとみられるが、23年度から実施される「キャリアガイダンス」の各大学・短大の取組状況や職業教育に対する学習対象者のニーズ、産業界からの要望などによっては、“新たな学校種”として、“職業大学”や“専門大学”などの創設も考えられよう。

 

中長期的な視点に立った、慎重な検討を!

 

 “新たな学校種”の創設に際しては、18歳人口の減少、グローバル化の進展と産業構造の変化、就労環境の変容、大学の機能別分化、質保証(設置基準、設置認可審査、認証評価など)等、様々な角度から中長期的な視点に立って、総合的で慎重な検討が求められる。

 ところで、8年ほど前の平成15年度、“高度専門職業人”養成を専らとする新たな枠組みとして、既存の「大学院」に修士課程とは別の専門職学位課程が創設された。この課程は「専門職大学院」といわれ、法曹養成の法科大学院や実践的指導能力を備えた教員養成の教職大学院などが知られている。しかし、法科大学院の想定外の量的拡大(乱立)と質保証の問題、教職大学院の低調さなどに加え、会計、ビジネス・MOT(技術経営)やファッションビジネス、ビューティビジネスなど多様な分野で開設が進み、専門職大学院の混迷ぶりもうかがえる。

 『答申案』で構想された「新たな枠組み」は、こうした状況にならないことを願うばかりである。

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