今月の視点 2010.10

北海道大の“大括り”募集(文・理系別)導入で注目される「進路選択」と「教養教育」!

東京大では“文・理科類別”募集で、2年間の“リベラル・アーツ教育”!

2010(平成22)年度

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 北海道大では23年度から、志願者の学部(学科)選択の“ミスマッチ”解消と、初年次における“共通教育”の充実などを図るため、従来の「学部別入試」に加え、入学後2年次への移行時に学部(学科)を選択する「総合入試」(前期日程)を実施する。入試形態に関わらず、全ての新入生は1年次の間、「総合教育部」に所属し、文系・理系クラスにおいて「全学教育科目」による共通教育(教養教育、基礎教育)を受ける。
 ここでは、新規導入される北海道大の“大括り”募集や初年次教育のほか、前期課程教育における“リベラル・アーツ教育”で知られる東京大などの事例をもとに、大学進学志望者の「進路選択」、及び大学における「教養教育」の在り方などについてまとめた。

 

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<北海道大の入試改革と初年次教育>

 

背 景

 

 北海道大では23年度入試から、前期日程において学部を特定せず、文系・理系別の“大括り”で選抜する「総合入試」を導入する。出願時に所属学部を決めるこれまでの入試では、入学後に自分の目指すべき分野が見出せなかったり、所属学部の授業内容等と自分の目指す内容とが合わなかったりするなど、学部(学科)の選択で“ミスマッチ”に悩む学生も少なくないという。

 また、学問分野の細分化・融合化への対応や、初年次における共通教育の充実なども求められている。

 「総合入試」導入の背景としては、こうした学生の悩みを解消し、学習意欲を高めるとともに、教養教育、基礎教育の充実などが挙げられる。

 

入試改革

 

◇ 募集人員の45%を占める“大括り”募集 ~「総合入試」の概要 ~

・ 募集人員 北海道大の23年度入学定員は総計2,485人で、従来の「学部別入試」の募集人員は1,358人(前期812人、後期478人、AO入試68人)、新規導入の「総合入試」の募集人員は1,127人(前期日程で実施:文系100人、理系1,027人)である。

 「総合入試」は文系4学部、理系8学部の全学12学部で行われ、文系においては募集人の16.0%、理系においては募集人員の55.2%を占め、文・理系合計では全募集人員の45.4%となる。

 理系では「総合入試」の募集人員割合が5割以上を占めるが、特に学問分野の融合化などで学部の枠を越えた教育・研究の多い、理・薬・工・農といった理系4学部の前期日程では、すべて「総合入試」で実施される。

 ただ、専門性が高く、志願者の進路志向も比較的明確である医・歯・獣医学部では、「総合入試」の割合が低い。(図1参照)

・ 文・理系別の入試科目 「総合入試」は、入試科目によって文・理系別の“大括り”募集となる。

・文系:センター試験6教科7科目(国語、地歴、公民、数学2科目、理科、外国語)/個別試験3教科(国語、地歴又は数学、外国語)

・理系:センター試験5教科7科目(国語、地歴又は公民、数学2科目、理科2科目、外国語) /個別試験3教科(数学、理科、外国語)

 なお、理系の個別試験では、「数学重点」「物理重点」など、外国語以外の特定の科目に高い配点比率をかける得意科目を活かす方式で実施される。

 

初年次教育

 

◇ 全新入生、「総合教育部」で教養教育、基礎教育を履修

 北海道大では入試改革に伴い、「総合入試」及び「学部別入試」(「AO入試」含む)で入学した新入生は全員、1年次は「総合教育部」に所属する。

  「総合教育部」では、文系・理系ごとに1クラス約50人のクラスに分かれ、全学で実施される「全学教育科目」を履修する。「全学教育科目」はどの分野にも必要なコアとなる「教養科目」(一般教育演習や総合科目、主題別科目、外国語科目、外国語演習など)と、専門教育の基礎となる「基礎科目」(文系基礎科目、数学、物理学、心理学実験、自然科学実験など)が開講される。全新入生は文系・理系それぞれのクラスで、進路や履修の相談、学習サポートや学習スキルに関するセミナーなどを受けながら、1年次の間、「全学教育科目」(教養教育、基礎教育)を履修し、特に「総合入試」で入学した学生は、2年次から“移行”する学部・学科等や将来の進路等について学んでいくことになる。(図1参照)

・ 2年次への“移行”  「総合入試」(文・理系別)で入学した学生が2年次へ“移行”する際の所属学部・学科は、本人の希望と1年次の成績によって決まる。各学部・学科等への移行人数は予め振り分けられているが、医(医)・歯・薬(薬学)・獣医学部を除き、変動することがあるという。一般的には、文系(理系)入学者は、文系(理系)学部に移行するとみられるが、他系の学部選択も可能としている。例えば、「総合入試」において、文系の入試科目で入学した学生(文系入学者)が1年間の「総合教育部」での修得単位や成績、本人の希望によって、医学部医学科(移行枠5人)へ進むことができる。

 なお、「学部別入試」で入学した学生は、2年次から当該学部・学科等へ“進級”することになるが、学科やコースは成績と本人の希望によって決められる。(図1参照)

 

22年大学卒業者の進路別構成状況

 

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 大学入学直後、1年次から学部(学科)別の専門教育を受けるのではなく、まず、教養部等において、教養教育や基礎教育の履修を教育課程上、明確に位置づけているのは、前述した北海道大のほか、国立大では東京大の前期課程(文科類・理科類)や東京医科歯科大の教養部(医学部・歯学部)でみられる。

 また、学部(学科)等を特定しない“大括り”募集に近いものとしては、東京大の「文・理科類別」募集にみられ、入学後(3年次進学時)に学部・学科等への進学先を決めている。

 

<東京大の“横割型”募集(入試) /リベラル・アーツ教育 /進学振分け制度>

 

「文・理科類別」募集

 

 ほとんどの大学では、学部(学科)別に“縦割型”の入学者募集(入試)を行っている。

 これに対し、東京大では学部(学科等)を特定せず、文科類(一類・二類・三類)と理科類(一類・二類・三類)といった“横割型”の“大括り”募集に近い「文・理科類別」募集である。

・ “オールランド型”入試 上述のような入学者募集を行う東京大では、入試方法においても「文・理科類別」入試(前期日程)と文理融合型の「理科三類を除く各科類一括」入試(後期日程)といった、“横割型”入試を行っている。(図2参照)

 また、入試科目も次のように、入学後(3年次)に進学する各学部(学科等)の理念・特徴等を考慮した科目を課しつつ、基本的には文系・理系における共通性を重視した“オールラウンドな横割型”となっている。23年度入試における入試科目は、次のとおり。

・前期日程の文科類=センター試験6教科7科目(国語、地歴、公民、数学2科目、理科、外国語)/個別試験4教科(国語、数学、地歴、外国語)

・前期日程の理科類=センター試験5教科7科目(国語、地歴又は公民、数学2科目、理科2科目、外国語)/個別試験4教科(国語、数学、理科、外国語)

 なお、理科三類(医学科進学)の個別試験における「面接」は、20年度入試から廃止。医師としての能力・適性は、入学後の前期課程の講義で見極めている。

・後期日程(理科三類を除く各科類一括)=センター試験5教科6科目(国語、地歴又は公民、数学2科目、理科1科目、外国語)/個別試験3科目(総合科目I:英語、総合科目II:数学、総合科目III:文化、社会、科学等に関する論述問題)

・「後期日程合格者」の科類別登録 後期日程の「理科三類を除く各科類一括」募集枠(100人)の合格者は、入学手続きの際、進学先の科類を登録する(理科三類を除く、各科類に登録可能)。(図2参照)

 因みに、「理科三類を除く各科類一括」募集を導入(20年度入試から開始)するに当たり、各科類からの拠出人数は文科一類14人、文科二類12人、文科三類16人/理科一類39人、理科二類19人で、「文科類」42人対「理科類」58人、すなわち、“文系4”対“理系6”が想定されていた。20年度~22年度までの実績をみると、文科一類と理科一・二類にほとんどが入学しているものの、概ね“文系4”対“理系6”の比率に収まっている。

 

リベラル・アーツ教育

 

 東京大では、前述の“横割型”募集(入試)と相俟って、入学後の2年間は全科類とも「教養学部」に所属して、“横割型”の前期課程教育を受ける。

 そこでの前期課程教育は、“リベラル・アーツ教育”と位置づけられ、専門教育への単なる準備教育でもなく、また、所謂、一般教養のための教養教育でもない。東京大の“リベラル・アーツ教育”は、高度な専門的知見に裏打ちされた文・理系共通の総合的教養を学び、時代の変化等に対応しつつ、終わりのない真理探究の精神を養うことにあるとみる。

 この“リベラル・アーツ教育”を実現するために、初めの1年半は「基礎科目」「総合科目」「主題科目」を主に学び、後の半年は「進学振分け制度」(後述)で進学先が内定した「学部」の専門教育科目を中心に学ぶ。

 つまり、入学後2年間の前期課程教育(教養学部)において、柔軟で創造的な学問への志向と態度を養い、自身の適性を見極め、専門分野(後期課程=学部・学科等)へ進む。

 なお、教養学部は全学の前期課程教育を担っていると同時に、「学部」としての後期課程(専門学科等)と大学院を備えた3層構造である。(図2参照)

 

進学振分け制度

 

 東京大では、文科類(一類・二類・三類)と理科類(一類・二類・三類)の6科類に分かれて入学し、前半の2年間を「教養学部」(前期課程)で過ごした後、後半の2年間もしくは4年間を各学部・学科等(後期課程)で過ごす。後半の進学先の学部・学科等は、学生の志望と前期課程の第3学期終了時点での成績によって決まる。この制度を「進学振分け制度」という。

 「進学振分け制度」は、前期課程における科類と後期課程の学部・学科等との基本的な対応関係のある「指定科類」枠(例えば、文科一類 → 法・教養学部/文科二類 → 経済・教養学部/理科一類 → 工・理・薬・農・医(健康総合科学科)・教養学部/理科三類 → 医学部(医学科)、等)と、科類を指定しない「全科類」枠によって行われる。「全科類」枠は、学際融合や文・理横断を目指す人材養成などを期待して18年度入学者から適用されている。

 「指定科類」枠と「全科類」枠との受入人数の割合は各学部・学科等によって異なるが、「指定科類」枠の割合が高い。

 この制度は、学部・学科等を特定しない“横割型”募集(入試)を行っている以上、学部・学科等への進学に不可欠である。しかし、例えば理科三類に入学したものの、医学部医学科に進めないといった、入学時に希望した専門分野に進学できない場合もある。(図2参照)

 

東京大の“横割型”募集

 

<東京医科歯科大の「学部・学科等別」募集と「教養・基礎」教育>

 

「教養部」での「全学共通科目」の履修

 

 東京医科歯科大では学部(学科等)別の募集(入試)を行い、入学者はそれぞれの学部(学科等)に所属する。医学部、歯学部とも1年次は「教養部」において、教養教育と専門教育のための基礎教育を受ける。

 「教養部」では、基本的な人文・社会・自然系の科目、医療人に必要な高度な倫理観、自ら問題を見つけ継続して学ぶ能力、コミュニケーション能力、専門教育に必要な基礎学力や思考力、技術などを身に付けるための「全学共通科目」(必修及び選択)を履修する。

 2年次以降はそれぞれの学部(学科等)の専門教育を受けるが、教養教育も引き続き行われるほか、“医歯学融合”教育も行われる。(図3参照)

 

大学新卒者の「進路未定者」数&「進路未定者」割合の推移

 

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 ここまで、“大括り”募集と入試、学部・学科等への移行や進学、初年次における教養教育や基礎教育などについて、北海道大・東京大・東京医科歯科大を例に、それらのしくみや実態をみてきた。

 ところで、大学進学志望者の「進路選択」に係る“大括り”募集、「教養教育」の在り方などについては、これまでたびたび議論、提言されてきた。ここからは、前掲した大学の事例などを踏まえ、改めて「進路選択」や大学における「教養教育」について考えてみる。

 

<「進路選択」と“大括り”募集>

 

専門学部制

 

 大学は「学部」を置くことを“常例”とされている(学校教育法、第85条)。その学部(学科等)の多くは、特定の共通した専門分野(ディシプリン)に基づいて、教育・研究することを第一義としている。明治期の大学創設以降、伝統的な大学は法学、理学、文学、医学、経済学、工学などといった、伝統的な専門分野で形成された学部を核に組織化されてきた。

 従って、多くの大学では、こうした“縦割型”の「専門学部制」がしかれており、入学から卒業まで、文系と理系とに大別された学部教育(学士課程教育)が基本となっている。

 

“文・理分け”と“進路志望”

 

 大学側が文・理系に大別された「専門学部制」をしいていることから、高校側(進学校)では、大学進学志望者を早期から文・理系クラスに分け、それぞれに対応したカリキュラム編成、科目履修、授業内容を展開している学校も少なくない。

 ここで問題となるのは、進学志望者の“進路志望”だ。高校2・3年生の段階で、自分の適性を自覚し、将来の進路(専門分野)について、どれほど確信をもっているだろうか。

 進学志望者の“文・理分け”は、確固たる“進路志望”によるよりも、受験対策の効率化を図るためともいえよう。そして、“文・理分け”の決め手は多くの場合、「数学」の出来、不出来(成績)を基準にしているようにみえる。そのため、文系クラスでは、基礎的な内容の「理科」(選択必修科目)に留まり、発展的な内容の「理科」(選択科目)の扉を開けず、理系への進学を封じてしまう、“食わず嫌い”の「理科離れ」を生んではいないか。文系でも興味・関心のある「理科」の世界から、苦手の「数学」を克服することもできよう。

 

“大括り”募集

 

・ 中教審、旧大学審の提言

 中教審答申『学士課程教育の構築に向けて』(20年12月)は、入試の改善に関連し、「文系志望者、理系志望者がそれぞれ理系科目、文系科目を十分学ぼうとせず、学習の幅が狭く、偏ってしまう懸念が指摘される。そこで、できるだけ募集単位を大くくり(注.太字、下線は筆者追記)にすることが望まれる。これは、学部・学科の縦割りの壁をどのように打破するかなど、学士課程教育の改革と連動して実現される課題でもある」と、“大括り”募集の推奨、及び“縦割型”学部・学科の教育課程と入試との連動した改革を提言している。

 これに先立つ、旧大学審答申『大学入試の改善について』(平成12年11月)では、「入学後に専攻分野を決めることができるよう、募集単位は、学科ではなく学部単位にするなど、できる限り大くくり(注.太字、下線は筆者追記)で募集し、その上で、一つの募集単位の中で、異なる選抜方法や評価尺度を用いる」ことなどを提言している。

・ 「経済財政諮問会議」(19年)の提起と、大学(国立大)側・高校側の意見

 “大括り”募集に関しては、かつての安倍政権下の「経済財政諮問会議」(19年)においても提起されている。

 同会議で提起された「文・理系区分の撤廃」について、国立大学協会(国大協)と全国高等学校長協会(全高長)の意見書(要旨)を紹介しておく。

 

大学新卒者の「進路未定者」数&「進路未定者」割合の推移

・“理念”と“現実”との挟間

 “大括り”募集は、大学側にあっては「専門学部制」における募集形態や学生の編成、教育課程(カリキュラム)などとの関わり、高校側にあっては大学入試によって多大の影響を受けるカリキュラム編成など、その影響は多岐にわたることが、前掲の意見書からも伺える。

 これまでの“大括り”募集に関する審議会答申や会議等の提案が進展しないのは、“理念”としては十分理解できるものの、一部の大学・学部だけの取り組みでは難しいという“現実”があろう。

 こうした状況で、先述した北海道大の文・理系別の「総合入試」は、“大括り”募集の“理念と現実との挟間”で導入されたものとみることもでき、東京大の「文・理科類別」募集とともに、今後の大学の募集(入試)形態にどう影響するか、注目される。

 

<大学の「教養教育」>

 

「教養教育」の導入

 

 まず、大学における「教養教育」(以下、「一般教育」等(後述)含む)が、どのような経緯で導入されたのか、たどってみよう。

・“市民”の育成

 戦後間もない昭和24(1949)年の「新制大学」発足時、アメリカの大学のカリキュラムをモデルにした人文・社会・自然科学の3系列を主体とする「教養教育」が導入された。

 その目的は、戦前の大学にみられた、早期(初年次)からの専門分野に特化した高度専門職業人養成的な色彩の強い「専門教育」体制を是正し、戦後の民主主義社会を担う“市民”の育成にあったという。

・「教養部」「一般教育課程」時代

 昭和31(1956)年には文部省(当時)の大学設置基準によって、人文・社会・自然科学からなる「一般教育科目」、及び「外国語科目」「保健体育科目」といった「一般教育」(教養教育)の科目区分や修得単位数などの履修要件が定められた。

 こうした「一般教育」は、各学部に入学した直後から2年間、国立大では「教養部」を中心に、私立大などでは「一般教育課程」において、それぞれ平成3(1991)年の「大学設置基準の大綱化」まで行われた。

 

「教養教育」の“弾力化”

 

 昭和30年代に入り、高校の学習内容の高度化が進むと、学生は大学での「一般教育」と既習の「高校教育」との重複感を抱くようになり、「一般教育」を“パンキョウ”などと軽視する傾向が広まった。昭和61(1986)年の臨教審答申(教育改革に関する第二次答申)では、こうした問題等をめぐる改善策も提言された。

 このような状況を踏まえ、旧大学審答申『大学教育の改善について』(平成3年2月)では、各大学において、多様で特色あるカリキュラム編成が可能となるよう、開設授業科目の科目区分(一般教育、専門教育、外国語、保健体育)の廃止/科目区分別の最低修得単位数の廃止(卒業に必要な総単位数のみ規定)など、大学設置基準の大綱化・弾力化を提言した。

 この提言を受けた文部省(当時)は平成3年6月、大学設置基準を、それまでの「一般教育科目」などの授業科目区分をなくし、当該大学・学部等の教育上の目的を達成するために必要な授業科目を開設し、体系的に教育課程を編成するように改めた(大学設置基準、第19条。改正施行は同年7月)。さらに、教育課程は、各授業科目を「必修科目」「選択科目」及び「自由科目」に分け、これを各年次に配当して編成することも規定された(同、第20条)。

 こうした、「教養教育」の“弾力化”の狙いは、各大学・学部等の理念に基づく個性的なカリキュラム編成を可能とし、「一般教育」と「専門教育」との有機的なつながりに配慮しつつ、大学教育全体のなかで「一般教育」の理念・目標を実現することにあるとみる。

 

<「教養教育」 の再考>

 

“弾力化”以降の「教養教育」

 

「教養教育」の“弾力化”(大学設置基準の大綱化)によって、国立大では先述した東京医科歯科大を除いて「教養部」は解体、私立大などの「一般教育課程」は廃止された。そして、ほとんどの大学では、それまでの「一般教育」を「共通教育」や「教養教育」などと称し、各学部において“縦割型”の授業を展開し、授業科目も学生のニーズに呼応した斬新で実用性の高い科目を開講している。

 しかし、教育課程編成の弾力化以降、教育課程上における「専門教育」の“楔型”履修など、「専門教育」の早期化と重視が進み、「教養教育」の軽視や学生の学力低下と相俟って、“皮相で浅薄な教養”などが危惧されてきた。

 

「教養教育」をめぐる提言

 

 大学における「教養教育」が弾力化されてから20年近くたつが、その間、軽視されがちな「教養教育」の在り方などを模索する議論や提言がしばしば出されてきた。

・ 中教審答申

 中教審答申『新しい時代における教養教育の在り方について』(14年2月)では、「生涯にわたる人格の陶冶を考えた場合、10代後半から20代前半の時期においては、社会の中での自己の役割や在り方を認識し、より高いものを目指していくことを意識した知的訓練が重要。大学の教養教育はこうした知的訓練の中核を占めるものであり、学生には、学ぶ意識を高く持ち、主体的にこの訓練に取り組む姿勢が求められる」とし、各大学には教養教育の在り方を総合的に見直し、再構築することを強く求めている。

 『我が国の高等教育の将来像』答申(17年1月)では、「学士課程教育では、教養教育と専門基礎教育とを中心にし、学問分野の特性に応じて学士課程段階で専門教育を完成させるタイプ(専門教育完成型)を含め、多様な個性・特色を認めつつ、“21世紀型市民”の育成・充実を共通の目標とすべきである」と提言している。

 先述した『学士課程答申』では、「入学時に学科等への所属を決定している現状は、共通教育や基礎教育の後退傾向や専門教育の早期化を招き、学生の学びの幅を早期から狭めてしまう」と懸念。「時間的なゆとりをもって専門分野を選択、あるいは柔軟に変更できる仕組みづくりも検討課題である」としている。また、「個々の教員には研究活動や専門教育を重視する一方、基礎教育や共通教育を軽んじる傾向も否めない」と指摘し、大学に対し「基礎教育や共通教育の望ましい実施・責任体制について、改めて取り組むこと」を求めている。

・ 日本学術会議の提言

 日本学術会議は、文科省から20年5月に審議要請された『大学教育の分野別質保証の在り方について』を検討するに当たり、各分野の専門教育だけを対象とする一面的な議論を避け、相互に関連する教養教育・共通教育も検討、審議すべきとして、「教養教育・共通教育検討分科会」を設置。先ごろ、『学士課程の教養教育の在り方について』の回答を提示した(22年7月)。当提言の要旨は、次のとおりである。

 「現在の大学における教養教育の多様性を認めつつ、その原点が民主主義社会を支える市民の育成にあることを再確認する必要がある。大学は、各分野の学士課程教育において、専門教育と教養教育、それぞれの教育理念とのバランスに配慮した学習目標を定め、それを実現するカリキュラムを編成すべきである。科目区分としての専門教育と教養教育とがどのように組み合わされるのかは、学習目標を達成する上での最適化という観点から判断されるべきで、教養教育が常に専門教育に先行して行われるべき必然性はない」としている。

 さらに、「市民性を、社会の公共的課題に対して立場や背景の異なる他者と連帯して取り組む姿勢と行動であると定義した上で、現状の課題や困難を、未来において作り変え、改善されるべき対象と考えるような想像力、構想力を培うことが教養教育の重要な内容である」と断じている。

 

確かな“知識”に裏打ちされた“知性”

 

 「教養教育」とは、何か。難しいテーマである。

 大学における「教養教育」は、結局、小・中学校から高校までに培われた「生きる力」(確かな学力/豊かな心/健やかな体)を引き継ぐ大学での「学士力」(知識・理解/汎用的技能/態度・志向性/総合的な学習経験と創造的思考力)の育成において培われていくものであろう。

 それらはまた、国際的な学力調査として知られる“PISA”(国際学習到達度調査)の基本的な枠組みでもあるOECD(経済協力開発機構)の「キー・コンピテンシー」(主要能力)の育成と軌を一にするものであるといえよう。ここでの「コンピテンシー」は、単なる知識や能力だけではなく、技能や態度をも含む様々な心理的・社会的なリソースを活用して、特定の文脈の中で複雑な要求(課題)に対応することができる能力である。

 つまり、“PISA型”能力とは、知識の上に成り立つものであるが、それだけでは不十分で、細分化された知識や情報を“批判的思考力”などをもって統合し、複雑な課題に対処していく能力であるといえる。

 このようなことから、“教養”とは、自身を取り巻く環境(社会)の中で、蓄積された確かな“知識”を有意に活用し、行動することであり、それは“知性”であるともいえる。

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